受験まであと1ヶ月を切ったある日 、金ちゃんは 家に 顔を出しました 。
会話の途中で、少しなげやりにこう言います。
「勉強が好きな人には二通りあると思う 。初めから勉強が好きな人 。やっていくうちに好きになっていく人。 僕はそのどちらでもないということに気がついた」
私は少し胸が詰まるような思いがしました。 金ちゃんが理想を追っているのは分かっていました。
いつか何かが、はがれ落ちるのではないかという思いはありました。私はこの日が来るのを 知っていたのだと思います。
前もって準備していたことを言いました。
「どうして野球選手 がプロとしてお金をもらえるのか、という理由がね。野球がうまいからだって思うんだけど、うまくてもプロで食べれない人がいて。
じゃあ、なんですかっていう。その選手が ヒットを打っても打たなくても、 ファインプレーをしてもしなくても、 観客がその人を美しいと 思うからお金を出すんだって」
金ちゃんに届くでしょうか。
「 今の金ちゃんはあまり美しくないよね。 駄目だと思っても最後まで走りきった方が いいんじゃない」
たいがいこういう時、金ちゃんは黙って話を聞いています。
「それに勉強が好きじゃないなら その目指している大学は 勉強ばっかりするところだし。
もっとゆるい大学でやりたいことやった方がいいんじゃない?
あたし達ンときは日本の大学っていうと受かったら遊ぶぞって、人生で遊ぶのは今しかないみたいイメージだった。ま、バブルだったんだけど」
「今の人はそうじゃないんだな」
「たしかに今の方がまともだけど、もう少し」
遊んでもいいんじゃない、と言って、ずれたことを言っている気がしました。遊ぶって息抜きとか喜びとか解放のイメージがあるのですが、
本当に楽しいことって夢中になることらしいですね。
それがネガティブになったときは止め時なんだとか。小学校の時からゲームに夢中になっていた金ちゃんの遊びの感覚は
そういった状態なのかもしれませんね。
金ちゃんはこわばった表情を崩すことはありませんでした。
そして、受験を終え結果が出た今 、金ちゃんは穏やかな表情をしています。
第一志望の大学に 受かったからではありません。
何かの本で書いてありました「自分と折り合いをつける」。
自分の中の 色々なものと 折り合いがついたのかもしれません。
これから金ちゃんは地方の名もない大学で 一人暮らしをしながら 大学生活を 過ごすことになります。
私はその大学と 地域を調べながら こう思いました。
「これは金ちゃん、ここに呼ばれたな」。
穏やかな気候です。 その大学の三つしかない学部のうち二つは女性が活躍しているようでした 。しかも人数が少ないのです。
学校長も女性です。
この環境で 金ちゃんはどう成長してゆくのでしょう。私はすこし面白がってこれから羽をのばすのか聞いてみました。すると
「大学に行っている間に会社をつくる」、 と金ちゃんが言いました。新しい目標に向かって金ちゃんは突き進むようです。
そして「今と同じ生活が続くと思う」と言いました。
【終わりに】
辛抱強くここまで読んでくれて有り難うございました。
この物語を書く目的のひとつは 、ネットで調べても このような体験をした人の話が見つからず、未知の不安が私にあったからです。
この物語は、人名、場所をのぞいて全て実録です。
この物語が誰かの役に立ったのではないか と 思っています。
二つ目は金ちゃんがもう少し大人なったとき、人生のパートナーに
金ちゃんという人をよく知ってもらいたい、そんな気持ちもありました。
貴重な時間を費やして読んでくれた読者に感謝します。