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ほんの少しずつ、ゆたかになってゆきましょう

国家でカラにこもるという選択

『金融鎖国 』(宇野大介、 2009)

過去に起こったことを 分析・ 評価 することは できますが、 そこから未来 への 提言を することは とても難しいことだと思います。

日本という国の 独特な 文化、 精神を 思い起こさせてくれるような提言でした。

 

〈以下抜粋・要約〉

 

鎖国のすすめ

 

戦前の日本人の心を支配していたのは 自然崇拝の多神教らしく、 一見相反するものも同時に受け入れる 心の広さだった 。

八百万の神を 崇め奉り、 神社に参拝しつつ 仏閣にも足を運び、 そこになんらの違和感も覚えない 心のおおらかさが 日本人の心を支えていた。

 

この精神は 職業・倫理面でも生かされ、「 世のため人のため」 という言葉は 日本人の行動原理の一つとされてきたのだ。

 

この2008年 、米国の金融バブル崩壊で 精神面の豊かさをおざなりにした 拝金主義に近い 米国式の資本主義 (正確に言うとプロテスタンティズムの倫理に反した資本主義)も崩壊した 。

日本が戦後 ひたすら姿を追ってきた、 いわば義理の親が姿を消したことになる。



そこで提案したいのが現代版「鎖国」のすすめだ 。どういう意味か解説しよう。

 

最終的には低成長を大前提とし、 国としても 企業としても 目標を前年比マイナスという数字を置いても 人間的な生活を送れることに 重きを置いた社会、価値観を形成していくという考え方である。

 

これは「北欧スタイル」「 高福祉・高負担」という形で前述した。

 

成人するまでの教育費 、老後の心配等がなくなれば、社会は活性化する 。

自国のことは自国で済ませると言う 前向きな縮小均衡である。

 格差がなくなり 、誰もが平等で住みやすい世界を構築するということ、 戦後の資本主義の価値観を封印し 、豊かさの意味合いを再考するということだ。

 

 以前は開かれた国際関係を是としたが、 今後については閉じた国際関係が 是と なる。

 

また以前は世界が不景気になると 持てるの国と持てざる国との間で戦争になった 。

だから今回もそうなるのではないか 、との悲観的な見方もある 。

しかし 、筆者はこの戦後において、 諸外国の国内で形成された格差が その火種になりうると考えている。

 

格差は 民族間、地域間で作られ、 かつ人口が 国土に比べ 大きすぎる国々では 内戦のリスクさえある。

 時代が保護主義に入り、 自国・グループの カラに閉じこもるのは 世界の趨勢になりつつある のかもしれない。

 

こうした 中、 安全にカラにこもれる日本は、 世界的にはピンチと言われるが、 チャンスの多い国かもしれない。

 

まとめ ーー日本が生き残るために

 

本書では、 2008年に起きた 米国の金融バブル崩壊を受けて 、それがなぜ起きたのか、というところから 物事を掘り起こしてみた 。

そこには、働くことの意義と 関わる問題をはらんでいたと考えている 。

そして、これを考えることで、 古来からの日本的なるものに 回帰することは非常に価値があるのだと気づいた。

 

 また今後、日本が生き残っていくための 「農業」「 センス」「自立」 といったキーワードから 抽出できることだが、 社会主義的な以前の日本に回帰することは、 昔に戻るなどという悪い意味合いからではなく 、前向きな観点で、 正しい方向性なのではないかと思い、 それを記した。



私(チキハ)の感想です。

家にこもっていることが多くなり 自然と 自分自身の中に 目を向ける時間が多くなりました。

 食料の供給が 不安がられる中で 大豆から 味噌を作ったり 、納豆を作ったり、豆乳ヨーグルトを玄米を発芽させるときに出る酵素から作ったりしました。

そんな中で忘れていた感覚を取り戻します。

自分の手で作る充足感は、子供の頃にはあった自分だけの喜びです。

それが私の心を満足させます。

それに、多くのモノやお金は、家にこもっているときはいりません。

そんなことに気付くことができました。

 

フリーエネルギー、テクノロジーの進歩が人々を苦役から解放すると聞きます。

 

もしかすると、カラにこもって生活が出来るようになるかもしれませんね。それもいいかな、と思って優しい気持ちになりました。

 

金融鎖国―米金融バブル崩壊と日本の針路

金融鎖国―米金融バブル崩壊と日本の針路

  • 作者:宇野 大介
  • 発売日: 2009/05/01
  • メディア: 単行本