ユタカ2イキルオテツダイ

ほんの少しずつ、ゆたかになってゆきましょう

【ごく短小説】赤い星

「クソッたれ、やってらんねーよ」

紅茶みたいな色をした 星にスピードを上げて近づいた。

もう方向転換をする余地がなかった。

同じ大きさの星は いくつもあって、 それは色とりどりだった。

もう少し スローだったら 緑や 青の星を選べたのに。

よりによってあんな 赤い色をした星に突っ込むなんて。

 

目を覚ますと ベッドの上だった。

真っ白の シーツが目に入った。

足元に 男の人が座っている。

こちらを向いて白い歯を見せた。

それから俺はまた目を閉じた、と思う。

頭がぼおっとしていた 。

いまの男の人は 白衣を着ていたなと思った。 優しそうにこちらを見て笑っていた。

 医者かなと思ったが、 医者が患者のベッドに座るはずはないなと思い直した。

 

それから頭の中に 写真のような 映像が浮かんだ。

壁一面が本棚になっていて その中央に 暖炉があり 炎が見えた。

大きめのソファーに 頭だけが見えた。

いまの男の人だなと 思った。

 

もう一枚は 山頂であり、 青く澄んだ空に 岩肌に腰掛けているその人が写っていた。

 

全く記憶になかった。

 

これは俺の記憶ではない。 

目を開けた。

時間の感覚がなかった。

そうか、赤い星に突っ込んだんだった。

首を横に振った。

 

ここは、赤い星だ。

 

シーツを首まで引き寄せた。

胃の辺りがジクッと沈むように痛んだ。

映像は、あの男の人の記憶だろう。

水も草もないような 、赤茶けた土だらけの星じゃなかったのか。

寂しく汚い、うその星では。

目を閉じた。

女の人の後ろ姿が見えた。黄色い葉の間から光が漏れる。

優しい声。温かく優しい声。

違う、これは彼らの想像した世界だ。


Andrea Bocelli, Cecilia Bartoli - Pianissimo