「それで僕は何をやればいいんです?」いつもは俺と言ってるけどこういう時は僕と言うことにしている。彼女は、目の奥の方で頭脳が 回転している。頭のいい人の目だ。「 失礼ですが」彼女は やや低めの声で 言った。
「 何をしたいんですか」
3秒ほど迷った。なにを聞きたいのか全くわからない。
「 僕は仕事があると聞いてきたんで、他にはなにもありません。 言われたことは何でもやります」
それだけを答えてじっと見返した。ドアをノックする音が聞こえた。 女の人は黙ってお茶を置いて お辞儀をしてドアを閉めた。「どうぞ」彼女が言った。俺は飲まなかった。
「今日は私の質問にいくつか答えてもらいたい のです」
「はい」
「どうやってその、能力を獲得したの。 生まれつきですか 。それとも習得をしたんですか」
「生まれつきではありません」
あまり 言いたくはなかったけど 聞かれたから黙ってるわけにもいかない。
「親が 借金取りに追われてまして」唐突な話だ。
「 電話がかかってくるんです。僕は小さかったんで 電話っていうのが 怖くなりました。電話が鳴ると全意識を集中させました。そうして、相手が どんな人で どんな感情で いるのか 分かるように」
「他にはどんなことができますか」
「そんな感じだったんで、 人の心や 考えていること、感情みたいなものが分かるようになりました。それくらい、ですかね」
俺は少し 語尾をゆるめた。たいがいの人はこれ以上のことを聞こうとはしないし、 話したとしても興味を示さない。
「私たちは人のパワーの源泉がどこにあるのか それを調べています。 知っていることがあったら教えてください」
しばらく考えたが 素直に話したほうが良さそうだと思ったので、 話すことにした。
「僕が中学生になったら 両親はアパートに僕を一人残して出て行ったんです」
彼女の目が少しおびえた。こんな話に慣れてないんだろう。俺は笑顔を作って「あ、 憎んでないですよ、大丈夫。なんか理由があったんでしょう」と言った。
「ときどき金は玄関に置いてありました から生活は なんとかなりました。よく外に出て行きました。 しげみのある公園に、野良猫がいて」
表情を観察していた。 反応次第では態度を変えるつもりだった。特に野良猫ってとこで。
「えさをやると、 僕をしたって寄って来るようになりました。撫でると目を細めて穏やかそうな表情になっていきます。
ある日 布団に入った僕は、誰かに撫でられる想像をしました。まゆって言うんですか、こう包まれてその中いて、優しく 撫でられて いる感触を感じました。そして、その状態は、僕に安らぎを与えました」
彼女の優しい目が見えた。だから人に話したことのない事を言い始めたんだとおもう。
「そして、電話の先で発信している何か、 僕を 優しく撫でている何かは、エネルギーだと思いました。そのエネルギー を作り出すのは」
目の奥を見ていた。
「意識なんです」
そこで俺は黙った。
「スイッチングしたり、増幅させたりといったことは出来ますか。パワートランジスタのような」
「ええ、まあ」と答えて少しため息を吐きながら、背中をイスに押しつけて横を見た。
それより大事なのは仕事になるかどうかだった。
「測定出来ますか?」
「測定器があれば」
そんな話をした。