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どうなっちゃうの日本の借金【現代貨幣理論】

『MMT(現代貨幣理論)とは何か』(島倉原、2019 )


日本は国債(お金を借りたので、少し多めに返しますという証書)を大量に発行している国です。

その額はGDP(日本国内でつくられた、モノやサービス)の2倍を超えています。

2020年はコロナの影響もあり、グラフでは45度に角度を上げました(世界的な傾向)。

どうするんじゃ、とみんな思っています。

さてこのMMTは、物議をかもしています。

なぜなら、自国通貨建ての国債なら、いくら刷っても大丈夫とぶち上げているからです。

日本はほとんど自国通貨建てです。

日本は助かるのでしょうか。

ここで長くなりますが、自国通貨建て国債について「yahooファイナンス」の回答が、分かりやすかったので引用させていただきます。 

 

質問
自国通貨建てで国債を発行できる国は、非常に少ないそうです。日本や米国、スイスくらいでしょうか。

ベストアンサーに選ばれた回答

そもそも借金は経済にお金を循環させるために存在しています。
経済にお金が存在しない状況から考えたらわかりますが、中央銀行が発行したお金を配るような事は有り得ないので、国民は使いたいなら借金するしかありません。
銀行を通じて国民が借金した時に経済へお金が循環し、経済で循環するお金を回収(返済)すると消滅するので、経済全体で見れば必ず金融資産と負債は一致します。
そうでなければ、発行したお金を誰かが勝手に使っている事になるでしょう。
実際にお金を作っているのは主に民間銀行で、その機能を信用創造と言いますが、基本的に負債と金融資産の増減は同じです。(詳細は以下URL)
http://goo.gl/QyRxfS

この制度は国民に労働をサボらないためにあります。
単純な話しとして、お金を配ると少なからず労働意欲を無くす国民が出てきてしまいます。
しかし労働が存在しないなら、スーパーにも商品が並ばない(店員不在)ので、お金を持っていても無意味です。
このようにしてお金だけが増えるとハイパーインフレ(貨幣価値減少)が発生するため、お金を発行する時には借金させています。
経済で最初にお金を使う人に借金させれば、返済という労働理由を与えられますし、借金しない人も生活費を稼ぐために労働するので、基本的に労働をサボれません。
つまり「お金=借金=生産の約束=信用」が成立し、借金(お金)は国民の生産力が支えている事がわかります。

ここで問題なのは、「外国の生産を購入するには、外貨が必要」という点です。
日本では石油を中心とした資源を生産できないため、外国から購入しなければならないのですが、このためにはドルが必要となります。
日本円で借金した場合、ドルを得るためには「円売りドル買い」をする必要があるので、一方的にこれを続けると為替が暴落し、最終的に取引を中止されるでしょう。
しかし日本の場合は生産力が高く、「外国人が日本の生産(自動車等)を購入するために円を欲しがる」ため、「日本人が外国の生産(資源等)を購入するためにドルを欲しがる」という需要を相殺し、為替が維持されます。
このバランスが保てない国は、為替相場が下落していくので「外貨を借りて、自国通貨を購入する」という調整をしなければいけません。

例えば、日本では政府が「円売りドル買い介入」で円安誘導する事がありますが、これは「銀行から日本円を借り、ドルを購入」という流れで行われます。
その結果として日本は莫大な外貨準備があり、ここで調達したドルで米国債を購入しているため、世界でもトップクラスの米国債保有量を実現しました。

しかし日本の生産力が低ければ、必然的に為替相場が下落していくため、場合によっては「ドル売り円買い介入」をする必要があります。
「銀行からドルを借り、円を購入」という上記の逆が行われるという事で、この状況では外貨建て国債を発行せざるを得ません。
そして借りたドルを返済するには、生産力を高めて為替を上昇させ、「円売りドル買い介入」を行う事で返済する必要があるので、生産力を高められない国は途中で限界が来る事になります。(日本経済でしか使えない円の借金なら、最終的に課税で回収可能)これが破綻する国家です。
通貨というのは取引道具に過ぎないので、その本質は「国民の生産物を購入する」という部分にあります。
「日本円で借金しているなら、それは日本国民の生産を購入するためのもので、日本国民が十分な生産をしている限り問題ない」と言えますし、逆に「外貨で借金するなら、それは外国の生産を購入するためのもので、これは日本国民の生産力が不足している事(国民が望む消費量を、国民の生産量で賄えない)を意味するため危険」という事になるでしょう。

ただこれは不況と表裏一体です。
国民が生産しているのに、それを消費する人が少なければ失業者が増加していきます。
一方で国内の生産が追いつかないほど消費旺盛なら好況感が生まれるため、日本のように消費不足とは言われません。
日本は生産しているのに消費しない節約国家(不況)である、という点も大きいです。
高い生産力(輸出力)で円高を維持し、20年間も消費不足の不況を続けているため、日本では「外貨を借りなければいけない状況」を想像し難いですが、普通の国並に消費を拡大すれば、状況次第で外貨建て国債を発行する可能性はあります。

一方で米国の場合は基軸通貨である点が重要です。
日本は外国から石油を購入する時にドル(外貨)を必要としますが、米国はドルが自国通貨ですから、そもそも殆どの状況で外貨を必要としません。
世界中の生産を自国通貨のドルで購入できる以上、絶対的な権力があります。
この地位は「世界戦争が起こっても、最終的に生き残れる軍事力」で支えられていて、ちょっとした戦争で崩壊するよう国の通貨は基軸通貨になれないでしょう。

lol********さん


ほぼ完ぺき……な答えだと思いました(自分の中のモヤモヤが晴れた。正解かは知らん)。

あ、セミがないてる。

気を取り直して。

私たちはお金というものをどのように思っているでしょうか。

物々交換の代わりに使われ始めた(貝殻とか貴金属)、というのが一般的です。

そこから考え直してみる必要がありそうです。

MMTでは交換の前に、約束があったと考えます。

約束とは、後で払うからね、というものです。

約束は引換券(お金)と考えます。


政府が支出するのにはまず財源が必要だと考えられています。

しかし財源は必要ありません。

なぜなら、お金を刷るだけでいいからです。

では際限なく刷れるのかというとそうではなく、物価とのバランスを取ることが必要となります。

*は私です。

<以下一部抜粋・要約>


主流派経済学の「貨幣」の定義は、大まかに言うと現金です。

この本では現金だけではなく、銀行預金も含めた決済手段として用いられるものを「貨幣」と呼ぶことにします。

さらに、貨幣のうち政府が発行するものを「通貨」と呼ぶことにします。


主流派経済学は「商品貨幣論」

貨幣の起源を素材としての価値に求め、「貨幣=交換に用いられる財」と捉える考え方を「商品貨幣論」と言います。

しかしながら、現実の経済を説明する枠組みとしても商品貨幣論は、理論的にも、そして実証的にも重大な問題点を抱えているーーこれが、歴史学や人類学の知見も踏まえたMM Tからの批判です。

1971年に米ドルと金の兌換が廃止されて以降、世界のほとんどの国において不換紙幣が価値を認められて流通している理由について、商品貨幣論による説明は極めて説得力に乏しいことです。


MMTは「信用貨幣論」

では、MMT自身の貨幣観はどのようなものでしょうか。

貨幣が存在する以前の商取引は、「貸し借り」の関係を伴う「信用取引(つまりは、ツケ払い)」にならざるを得ません。

そうした取引に用いられた「債務証書」こそが貨幣の起源であるーーこれが、MMTの見解です。


租税が貨幣を動かす

MMTによれば、国家はまず、租税の大きさを図る単位として計算貨幣を創造します。

次に、計算貨幣に基づいて、国民に対して納税義務を課します。

最後に、計算貨幣で表示された国家の貨幣、すなわち自国通貨を発行し、租税の支払い手段として受け取ることを約束します。

すると、民間も含めたほとんどの債務や資産、あるいはモノやサービスの価格が計算貨幣(通貨単位)で表示されるようになり、それらに関わる取引の決済手段として自国通貨が用いられるようになります。


ビットコインは貨幣ではない

ビットコインは「信用貨幣」という貨幣の要件をそもそも満たしていません。

そこには価値の裏付けとなる誰かの債務が存在せず、したがってその適正価格は必然的にゼロとなります。


自国通貨建てであれば政府の資質能力には制限がない

現代国家では、「租税が貨幣を動かす」というメカニズムを基盤として自国通貨制度が成立しています。

特に、日本を含めた先進国では、国内で供給されるモノやサービスの大半は、自国通貨建てで取引されています。

そうした前提の下では、国家の負債は際限なく、いくらでも発行することが可能になります。

特に現代では、通貨発行オペレーションの大半が、中央銀行のホストコンピューターに当座預金額を入力する「貨幣創造」によって行われるので、債務証書の発行コストもほとんど必要ありません。


支出能力の制限はないが、インフレが政府支出の制約となる

MMTによれば、国家にとっての貨幣制度の目的は、モノやサービスといった物質資源(労働力を含む)を政府部門に動員し、それを使って何らかの公共目的を達成することにあります。

そして、動員する際の支払い手段として機能させるため、固定貨幣(通常は通過)に対する需要を創造するのが租税の役割です。


*政府がモノやサービスを購入する値段を高くして、政府が支払いを際限なく行います。

物の値段が上がり(インフレ)、購入出来ないとき購入をやめ、多くの税金を課し、通貨の方の価値を上げます。

このようにしてインフレ率が、政府支出の制約となります。


税金は財源ではなく、国債は資金調達手段ではない

家計や企業との類推からしばしば生じるのが、「政府が支出をする前には、税金という『財源』が必要である」という議論です。

しかしながら、主権通貨国の政府であれば、支払い手段である通貨を自ら発行できるため、財源も資金調達手段も必要ではありません。


機能的財政論

何を持って公共目的とするかについては国や時代によっても違いがあり、様々な可能性が考えられます。

模範的な理論としてのMMTは、主要な公共目的として「完全雇用と物価安定」を提唱しています。


私(チキハ)の感想です。

過去、経済学者が理論を立て、 社会は実験場でした。

ある部分においてはうまく機能し、ある部分においてはうまく機能しないようでした。

戦後日本でハイパーインフレが起こった のは、 政治に 問題があったからだと著者は言っています。

政治が良かったことはない、と言う人がいます。

経済学が正しかったことはない、と言う人もいます。

そうかもしれない、と思います。

そのことを前提として(不具合は出るよね)考える感じでしょうか。

この理論と近い話を最近よく耳にするようになりました。

日本に合った方法で、お金について考えている人たちがいます。