ユタカ2イキルオテツダイ

ほんの少しずつ、ゆたかになってゆきましょう

家族優先の「カンボジア」 仕事優先の「日本」

『カンボジアビジネス最新事情』(宮内敬司、2011)

皆さんカンボジアというとどんな印象をお持ちですか。

私が思い浮かべるのはテレビの中の映像です。

地雷を踏んでしまった人や撤去するところです。

たくましく復興している姿は放送されませんでした。

検索してみると、ベトナム戦争からの余波や、独裁者ポル・ポトの大量虐殺(1975〜1979)から40年以上経っています。

qポル・ポトの共産党政権は、4年間で総人口800万人のうち約300万人を虐殺しました。

信じられない!

しかし、今では地雷の撤去は進んでいます。

カンボジアには大都会があります。

農村ではまだまだ貧しい暮らしがあります。

発展途上の国です。

 

親日度の高いカンボジアで待ち望まれている日本企業

カンボジアの人々はとても日本のことが好きです。

ポル・ポト時代から現在の安定政権へと移り変わる時期を支えたUNTACで事務総長特別代表を務めたのが日本人の明石康氏であったことは広く知られていますし、これまで日本政府が多額の援助を行ってきたことも理解されています。

第二次世界大戦当時、日本軍は東南アジアで様々な活動をしましたが、カンボジアには特に悪いことをしていません。

また、日本もカンボジアから攻撃されたり、悪意をぶつけられたりした事はありません。

そして、日本製といえば高級というイメージが強くあります。

日本では自国のものより外国のものの方が優れていると言われがちなファッションなど、日本のものが最高だと思われているほどです。

ビジネスにおいても、カンボジアでは日本人がとても信頼されています。

 

「正々堂々」にこだわらず郷に入っては郷に従え

東南アジアでビジネスを展開しようとしたことのある企業ならばわかるでしょうが、外国企業が何かを始めようとするならば、便宜を図ってもらう必要があります。

きつい言い方をするならば賄賂なのですが、これは色々と教えてもらい、関係者に口利きをしてもらうためのお礼であり手数料だと、割り切るのが得策です。

日本でも何かをしようとした時、知人の紹介を頼って業界に精通した人からアドバイスを受けたりすれば、当然お礼はします。

その延長だと捉えればいいのです。

右も左もわからない異国でのビジネスですから、道をつけてもらうための手数料が必要でしょう。

 

のんびりで交渉下手な国民性

カンボジア国民の気質は、とても穏やかです。

気候に恵まれていることもあり、温厚でのんびりしています。

熱帯の国が大体そうであるように、男性は少々のんびりしすぎの傾向がありますが、女性はしっかりしています。

暑い国の男性はイザという時に働くものだという考え方があるのです。

商店の女性店主などにはとても強い人がいますが、華僑系の人が多いようです。

交渉が下手だというのも特徴かもしれません。

差別というわけではないのですが、外国人だと知ると高くふっかける二重価格はそこかしこにあります。

ただ「向こうの店ではもっと安かったよ」などと言えば、すぐに下げてしまうのです。

時間の約束に関しては、かなり緩い国です。

カンボジア時間、などというのですが、例えば結婚式の披露宴を17時からおこないますという案内状をもらった時、私は19時を目安に到着します。

 

基礎から丁寧な教育が必要

実際にカンボジア人とビジネスを始めてつまずいたこととして、日本での常識が通じないという部分があったようです。

もちろん日本側の様々な常識がそのまま通用すると思っていたわけではなく、これぐらいは通じるだろうと思っていた部分が落とし穴でした。

「とにかくカンボジアの若いワーカーは労働の経験が少ないのです。

家事手伝いの経験くらいしかないので、社会人としての常識というようなものがありません。

例えば彼らにとって7時45分も8時15分も8時です。

家庭ではそれで困らないかもしれませんが、会社で働くには問題ですよね。

それに、会社の備品を持って帰ってはいけないというようなことも教えなければ分かりません。

根気よく社則を作り、教育する必要がありました」

と苦労を語ってくれました。

労働の経験が少ないことは、他の面にも影響がありました。

例えば入社時の条件や契約内容はカンボジア人はあまり重視しないというのです。「人間関係や自分の感情を優先する傾向が強く、気分良く働ける環境を用意すれば予想以上の成果を上げてくれます。

ところが、連休前や土曜日の午後など、気分が乗らないときは生産効率が極端に落ちてしまうのです。

この辺がカンボジア人は彼を使う上で難しい部分であり、機械では出せないプラスアルファにつながる部分でもありますね」と佐藤氏。

 

私(チキハ)の感想です。

とても面白いと感じたのは若いワーカーは家事手伝いぐらいしかしたことがない、というところです。

改めて思うのは、日本では学校で規則に従う教育をされているということです。

社会に出てもそのまま労働者として働く最低限の常識は出来ていると思いました。

検索すると、ポル・ポトの大量虐殺ではまず知識人が殺され、その後大人が殺されたとあります。

子供だけが残されたようです。

そして洗脳された子供が兵士になり、医療行為も行ったようでした。

多くの事が断絶されたと思います。

そういった事情もあるのかもしれません。

カンボジアでは食べるものに困らないとあります。

自給自足に近い暮らしが出来るのでしょう。

「労働」ってなんだろうって考えてしまいました。

「労働者」って、一体何なんでしょうね。

私たちは一般的に会社に勤めることと考えてしまいます。

会社が決めた規則に従って働くというのが労働でしょうか。

「契約条件を重視する中国やベトナムのワーカーとはかなり違い、気持ちの部分を重視しなければならないというのは、アジア進出経験のある企業でも戸惑う部分でしょう」

とあります。

カンボジア人の国民性もありそうです。

そして成果の出る労働条件を調整しながらの展開となったようです。