『戦いに終わりなし』(江上剛、2008)
この本は2008年発行です。
アジア各国がメキメキと台頭している時期です。
著者がアジアの日本企業の現場に足を運びその様子を生き生きと伝えています。
本書の主旨は、アジアにおける日本の立ち位置に関するものだと思います。
この本のタイトル「戦いに終わりなし」の意味がどういうものか読後に考えました。
著者は第二次大戦中の日本の行いが、今のアジアの国々が日本をどのように見るのかということを決定付けている、と言います。
あとがきにこのように書いてあります。
本書では激動するアジアの7カ国をルポしたが、21世紀のアジアが中国を軸に展開するのは間違いない。
アジア各国は、決して中国の一人勝ちを望んではいない。
バランスのとれた発展こそを望んでいるのだ。
それがひいては中国のためでもあるのだろう。
日本はこうしたアジア各国の期待に応えるべく、もう一度奮起しなければならない。
今回の抜粋は長いです。
<以下一部抜粋・要約>
インド
インド11億人市場の誘惑
インドは1991年にそれまでの鎖国型の社会主義政策を市場経済型の資本主義経済政策へ180度転換した。
インド人は自分より劣った上司の下では働かない。
彼らのプライドが許さないのだ。
馬鹿にされたらおしまいだ。
金融パニックの都市に進出した中堅企業
インドの大学進学率はたったの1%。大卒の人間は11億人のトップ1%だということだ。
日本の大卒よりもインドの上位1%を選んだ。
カースト制度の問題
ASBの社員構成は、今や日本人約160人、インド人約670人だ。
「いずれ日本を打ちまかす機械を作ろうといつも従業員に話しています」と水口が夢を語る。
しかし現実にはなかなかうまく行かない。
カースト制度の存在だ。
インド人は身分の低いものとは一緒に仕事や食事をしない。
また掃除カーストがいるのでいるため上位カーストのものは掃除や整理整頓をしない。
そんな彼らに日本式経営をたたき込むのは並大抵ではない。
ASBで悩みの種は高い離職率だ。
日本の厳しい品質基準で鍛えられた人材は引く手あまたなのだ。
「ASBを卒業して、大手の企業に引き抜かれて行くのは幸せなことです。いつかはASBに感謝してくれるでしょう」水内の鋭い目が一瞬緩んだ。
インド企業になり、インド人を育て、インドに貢献するという自負と喜びが垣間見えた。
シンガポール
株式会社シンガポールの正体
シンガポールは面積が東京都23区とほぼ同じで、人口は約430万人と文字通りの都市国家だ。
1965年にマレーシアから追放されるような形で独立した。
天然資源は何もなく、水さえもマレーシアから買わなくてはならない。
リー・シェンロンは、シンガポール「建国の父」リー・クアンユー初代首相の息子である。
「シンガポールをどのような国にしたいと考えているのか」私はまず全般的な戦略を訊いた。
「我々の戦略は、世界、およびグローバライゼーションにつながることだ。
わが国にのみでは何の存在価値もない」リー・シェンロンは、即答した。
シンガポールの戦略は、あらゆる分野でアジアのハブ(中軸)になることだ。
シンガポールは人口が少なく、国内に消費マーケットがない。
そのため成長は外需型、すなわち外資次第だ。
外国企業がシンガポールに投資をして、心地よく活躍してもらうため人、モノ、カネのインフラを整備しなければシンガポールの永続的成長はない。
世界一の高学力
上位10%程度は国家奨学金を得て、日本で言えば東大にあたるシンガポール国立大学、ハーバード大などの海外の有名大学に進学していく。
彼らは卒業後に官僚となり、国家の重要なポストを占める。
ベトナム
高度成長ベトナムの魔力
「ベトナムに投資が集まるのは、ブームではなく必然なんですよ」ベトナム専門のコンサルタント、ベトナム経済研究所の窪田光純は自信満々だ。
「いま日本企業が最も投資をしているのは中国ですが、1つの国に工場を集中させるのはリスクが高い。
投資先を分散させる“チャイナプラスワン”を考えた場合、真っ先に候補になるのがベトナムです」
リスク面だけではない。
今や中国の人気自体が下がっているという。
「ではアジアではどこがいいか。
タイはここのところの政情不安もあって人気が落ちている。
シンガポールは都市国家なので製造業は難しい。
フィリピンは勤勉な国民性ではないし、ラオス、カンボジアは国が小さい。
ミャンマーは将来性こそありますが、アメリカとの関係が悪いから安心して進出できない。
インドネシアとマレーシアはイスラム教国で、工場の規則より宗教が優先。
だからベトナムなのです」
1番の優位性は人材
社会主義国とはいえ西側側との関係は良い。
タイ
親日“タイ”の大田区町工場団地
大田区は5000以上もの町工場が集積していることで知られている。
私が目指しているのもその一つで、西井製作所という町工場である。
同社は従業員20人弱、年商2億7000万円という規模ながら、デジタルカメラや携帯電話のストロボを使う部品で20%の国内シェアを持っている。
この街工場が最近、タイに進出したのだという。
なぜタイへ進出したのだろうか。
「組み立てメーカーがみんな外に出ていく以上、自分たちも行かざるを得ないんです。
日本に残るとなったら、よほど特殊なものでないと。
以前から国内へ投資するぐらいなら、海外に投資しようと考えていました」
タイ反日の歴史
「タイと日本はこれまで問題を起こした事はありません。
第二次世界大戦の時も唯一の同盟国でしたし、文化・経済の面でも兄弟のような国です。
タイ以上に親しい国が日本にあるでしょうか?
タイにいる日本人はどんどんお金持ちになっています。タイ人は同じようにお金持ちになっていなくても、恨みに思ったりしませんよ」
「タイ人がここまでやるとは」
エコノミック・アニマルという悪いイメージを長く引きずっていた日系企業だが、その評価が急上昇する時がやってきた。
それが97年のアジア通貨危機である。
この年の5月、ジョージ・ソロスらのヘッジファンドが、突然、バーツの売りを浴びせた。
タイ中央銀行は必死で買い支えたが抗しきれずに変動相場制に移行を余儀なくされ、バーツが大幅に下落した。
この時支援の中心になったのが日本だった。
確かに97年と言えば日本も不景気で苦しかった。
あの山一倒産もこの年だ。
日本はさらに追加策をぶち上げた。
98年12月、当時の小渕首相は、「アジア各国で10万人の技術研修の実施」を唱えたのだ。
韓国
韓国型経営が生む超格差
マーケットの中心は新興国
インドや東南アジアなどのエマージング・マーケット新興市場では、日本企業の得意な「高性能だが高額な商品」よりも、「そこそこのレベルで価格の安い商品」が求められる。
“安かろう悪かろう”の製品であれば、何も恐れる事は無い。
日本は先進国市場で高額製品を売り、高い利潤をあげれば良いのだ。
しかし、世界の経済を牽引しているのはBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)などの新興国だ。
韓国企業はそうしたマーケットで、日本企業と互角以上の戦いを繰り広げている。
主要部品は日本に依存
半導体について言えば、「高いものは1台が25億円から50億円」という製造装置は日本から買っている。
半導体の主要部材も同様で、韓国の半導体産業は、材料も製造装置も日本に依存していると言えよう。
「韓国の主要輸出産業は日本がなくては成り立たない」のだ。
「超格差社会」韓国
「IMF管理を境に韓国は変わったのです。
以前は終身雇用も守られていたが、今や1年先のわからない」
企業はアメリカ式のフラットな組織になり、中間管理職は大幅に削減された。
社員はリストラである。
残る方も大変だ。
年功主義が廃止され、徹底した成果主義になった。
インドネシア
日本大好きインドネシアの凋落
現在のインドネシアにあたる地域は、17世紀からオランダに支配されていた。
そこに日本軍が侵攻してきたのは1942年3月のことである。
今村均中将の率いる16軍は、またたく間にオランダ軍を降伏させ、勾留されていたスカルノ(後のインドネシアの初代大統領)を解放し、インドネシア人を組織して「ジャワ防衛義勇軍」を創設した。
こうした政策がインドネシアの独立に大きく関わってくる。
インドネシア人はプライドが高いので独立のときに日本人が加勢していたことは伏せておいた方が良い。
生産性は中国の半分?
工場で迎えてくれたのは東レインドネシア社長(当時)の中川英一だ。
「最低賃金は中国と同程度ですが、一人当たりの生産性については、首をひねらざるを得ないんです」世界4位の人口を誇るだけあって労働力が豊富だが、彼らの教育程度を見ると小学校卒業以下のものが54%を占める。
断食月には夜食
輸出型企業で成功しているのがセイコーエプソンだ。
「ワーカーの教育は採用までに1週間、採用後3週間かけています。
作業レベルは中国と変わりません。
出勤率も98%ですし、定着率も高い」と、インドネシアの労働力を高く評価する。
彼らは朝4時にお祈りを済ますため、始業は早くても構わないという。
夜しか食事が取れない断食月(ラマダン)には普段より充実した夜食を提供する。だから作業能率は落ちない。
インドネシアの可能性
インドネシアに提供できるものと言えば、やはり日本が誇るものづくりの技術しかない。
「インドネシア人は目がいいし、汚い仕事もいとわない。転職も少ないからじっくりと教育できる。ものづくりに向いた国民だ。非常に教えがいがあるし、ものづくり国家になる可能性を秘めている」
高橋、谷川、ともに金型一筋に叩き上げてきた生粋の技術者だ。
日本の工業化を支えてきた本物の男達だ。
彼らがいなければ日本の今日はなかった。
その彼らが、インドネシアに根を張り、技術者育成に全力を傾けている。
私にはその姿が、インドネシアの発展に尽くしたサントソの父たち残留日本兵の姿に重なって見えた。
この国には日本の男たちの使命感に火をつける不思議な魅力があるのかもしれない。
インドネシアは日本が心情面からも信頼を築くことができる数少ない国となる可能性がある。
「金の切れ目は縁の切れ目」といったドライな関係にしてはならない。
中国
銀聯カードの野望
銀聯カードがVISAの15億枚追い抜き、世界最大のカードになる日も近い。
格差社会の上と下で
「株が値下がりした日には、『爆弾を持って証券会社に飛び込んでやる』といった、政府を恨む言葉が聞こえてくることがあります」
中国での格差社会の進行は、日本のそれとは比べ物にならないほど激しいのだが、上から下まであらゆる階層の人々が株に手を出している。
中国バブルは崩壊するのか
人民元という中国大陸の「怪物」は、株式市場だけでなく、不動産市場の熱狂を引き起こしている。
巨大国家ファンドの思惑
中国はファンドの設立前にもかかわらず、アメリカの大手投資ファンドであるブラックストーン・グループの無議決権株を30億ドル分取得すると発表した。
これが実質的には最初の投資案件となった。
その巨大ファンドが、さらなる資金調達のために株式公開を行い、同時に中国と組んだのだ。
現在、中国は外貨準備のうち4000億ドルを米国債で運用している。
今後、国家外資投資公司が米国債中心の運用を改めて、株式投資や直接投資に動けば、ドル中心の国際経済秩序は一気に揺らぐ危険を孕んでいる。
中国はバブル崩壊のリスクを、思わぬ形でヘッジしようとしているのだ。
私(チキハ)の感想です。
読後にぼんやりと私の中に広がっている思いがあります。
この本に出てくる日本の企業人の中には、本気で現地に溶け込み発展成長を望んでいる人がいます。
「歴史メモ」から引用します。
1943年11月の大東亜会議
開戦後の日本は、欧米の植民地支配からアジアを開放し、アジア人による共存共栄を「大東亜共栄圏」の建設を戦争目的に掲げた。
そして、1943年にはビルマ(現在のミャンマー)とフィリピンの独立を認め、チャンドラ・ボース率いる自由インド仮政府を承認。
同年11月には、これらの地域に加え、タイや満州国などの代表を東京に集めて大東亜会議を開催し、欧米による植民地支配からの脱却や人種差別撤廃を掲げた宣言を発表している。
私はこの辺りのことを知りません。
私の知っている第二次世界大戦の日本は、敗戦国日本であり、真珠湾であり、侵略です。
戦後の教育は、統治した側の論理です。
それは多分今でもそうなのだ、ということを知ったのは最近です。
あとがきに日出る国、と書いてあります。
民衆が美しい謳い文句にひかれるのは、そこに明るい美しい精神を見るからだと思います。