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ユダヤ人は何を望むのか

『ユダヤ商人と貨幣・金融の世界史』(宮崎正勝、2019 )

 

流浪の民であるユダヤ人が、世界の金融を動かしていくさまが、書かれています。

<以下一部抜粋・要約>

 

亡国の民となったユダヤ人が「ネットワークの民」として貨幣を操り、マイノリティーながら世界の金融を動かしてこれたのはなぜか。

ユダヤ商人、宮廷ユダヤ人のグローバルな活動に着目、経済の歴史の大きな流れが一気にわかる!

 

ユダヤの民、あるいはユダヤ人と聞いて、皆さんは何をイメージされますか。

一神教を初めて持った宗教の民、長い間祖国を追われ第二次世界大戦後、ようやく中東にイスラエルという国を築いた流浪の民。

近現代のロシアや東欧で、また第二次世界大戦中のナチス・ドイツで激しい迫害を受けた悲劇の民。

あるいはレオナルド・ダヴィンチ、アインシュタイン、チャップリンやフロイト、マルクスなどたくさんの天才を輩出した学問と文化の民、等々……。

本書ではまず、彼らが歴史的に「貨幣の民」だったこと、国家の枠を超える「ネットワークの民」だったことに着目します。

 

古代にアジアと地中海で活躍したユダヤ商人

パレスチナとユダヤ商人

商人が必要だった大乾燥地帯

食料の生産地が限定され、食料を必要とする遊牧民が広域に分散する大乾燥地帯では、交換と交易に携わる商人が構造的に必要になります。

商人が発明した簡単な表音文字と金属貨幣が都市国家と多様な部族を1つにまとめたのです。

 

ユダヤ人のパレスチナ移住

ユダヤ商人の歴史は、紀元前1500年頃に世界史に登場したヘブライ人にまで遡ります。

ヘブライとは、「川向から来た人」の意味で、もともとは遊牧民だったユダヤ人の呼び名です。

古代のヘブライ社会ではアブラハム、イサク、ヤコブと族長が続きましたが、ヤコブの12人の息子のうちの1人がユダです。

ユダヤ人は祖先の名前から。集団名をつけましたので、彼らの1族は「ユダの1族」を自称したわけです。

ユダの父ヤコブの名は、後に「神が支配する」という意味のイスラエルに転じました。

『旧約聖書』の「創世記」には、ヘブライ人の最初の家長アブラハムが75歳の時に神ヤーヴェの「あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、私が示す地に行きなさい」との命を受け、「約束の地」、カナーン(現パレスチナ)に移住したと記されています。

 

ディアスポラによるユダヤ社会の再編

前63年、カナーン(パレスチナ)は、地中海の覇者ローマに征服されて属州となり、傀儡ユダヤ人による王政が敷かれました。、

紀元44年になるとその王政が廃止され、ユダヤはローマ帝国に直接統治されることになりました。

しかしユダヤ人は、偶像崇拝を禁止するユダヤ教の教義に反するとしてローマ帝国の皇帝崇拝をかたくなに拒否し続けます。

66年、ユダヤ教の祭司がローマ皇帝のために犠牲を捧げるのを拒否したことがきっかけになり、ローマ人に対するユダヤ人の武装蜂起が起こりました。

ローマの大軍は70年、ユダヤ人の反抗の拠点イェルサレムの神殿を破壊してしまいます。

3年後に最後までサマダ要塞で抵抗を続けていたユダヤ人の部隊が全員自決すると、ローマ軍によりディアスポラ(ギリシャ語で「あまねく散る」の意味)が命ぜられ、ユダヤ人は散り散りにされカナーンのローマ化が進みました。

 

「宮廷ユダヤ人」の起源

中央アジアからポーランド、リトアニアに移住したユダヤ商人がそうであったように、ユダヤ商人は才覚と技量を買われてヨーロッパ各地の領主に招かれました。

その地位は普通の農民とは違い、王、領主、司教などに全面的に依存していました。

結局、運の良いユダヤ商人が、王、領主などに見出されて「宮廷ユダヤ人」となって成功したのに対し、大半のユダヤ人は貧しい生活を強いられたのです。

一般的なユダヤ商人が能力を生かせる場は、彼らを締め出す封建的秩序が確立されていない新興地域しかありませんでした。

結局は新天地アメリカに大きな活躍の場を見いだしたのです。

 

北ヨーロッパで花開く「長期の手形革命」

銀貨不足に直面したムスリム商人やユダヤ商人は、貨幣がもともと「信用」を数値化した「引換証」だったという原点に立ち返り、紙で作った手形、小切手も使うようになります。

手形は北ヨーロッパで国際、紙幣に姿を変えますが、その開発に当たったのが「貨幣のプロ」としてイスラーム世界の信用経済を改良・伝承したユダヤ商人でした。

 

イスラム金融を動かした両替商

イスラム経済に立ち返りますが、イスラーム教徒やユダヤ教徒の厳格な宗教的戒律に対する「信用」が手形の普及の後ろ盾になり、ペルシア起源の送金手形、持参人払いの為替手形、約束手形などが普及しました。

 

両替商がルーツのヨーロッパの銀行

ヨーロッパの銀行の起源は、12世紀後半から14世紀のイタリア初年で活躍した両替商にあるとされます。

ユダヤ承認がベネチアなどで行った金貸し業は、諸都市のそれぞれ異なる通貨と両替する際に手数料として利子を取る「両替商」の装いのもとで、イタリア人、さらには大航海時代以降に植民地貿易を通じてヨーロッパ経済をになったオランダ人、イギリス人へと伝えられました。

 

私(チキハ)の感想です。

YouTubeを見ていたら、ゴールドマンサックス(有名な金融グループ)で働いていた人が、本を書いていて、対談をしていました。

その人が言うには、「70年代までは、国際金融資本はユダヤ人だけでしたね。

ユダヤ人は金融にかけて我々と全く経験や知識が違う。

まるで大人と子供位の差がある。

日常的にこんな話をしている。

投資で一番パフォーマンスが良かったのは何か。

株とか、債券とか、為替とか、何だと思いますか。

美術品だと言うんですよ」。

この本に書かれているように、土地を持たないユダヤ人は迫害を受けながら、王族や領主に気に入られることで、生きる人たちもいました。

教義を守る信用と頭の良さで、表に顔を出すことなく、活躍していたのです。

さて、そんなユダヤ人と日本人には深い関係があるという話があります。

その人の話も、ユダヤ人を調べていたら、神道(日本の宗教)に行き着いたという話にうつりました。

日本は、多民族が流入して出来た国だと聞くことがあります。

日本の歴史は縄文時代にまでさかのぼれますが、旧約聖書のころから、語られることが多いようですね。

 

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