『くそったれ資本主義が倒れた後の、もう一つの世界』(ヤニス・バルファキス、訳江口泰子、2021)
著者のバルファキスは、ゲーム理論や政治経済学を専門とする経済学者です。
2015年には、債務危機に陥ったギリシャの財務省に就任し、緊縮財政政策を押し付けるIMFと戦いました。
今はギリシャの現職の国会議員です。
この本はSF小説です。
コスタは、左派の天才エンジニアで、もう一つの世界の扉を開く機械を開発しました。
アイリスは、急進的な左派で、マルクス主義者です。
<以下1部抜粋・要約>
市場からの解放
それは、アイリスにとって新しい考えだった。
この何十年というもの、アイリスは激しい怒りを募らせてきた。
資本主義はごく少数の人間に土地や建物、機械の私的所有権を与え、その結果、少数の人間は大多数の人間を搾取する膨大な権力を手に入れた。
資本主義が完全にその構造の上に成り立っていることに、アイリスは腹を立ててきたのだ。
人類学者として大学の教壇に立っていた時に彼女がよく講義したのは、あらゆる社会で市場は重要な役割を果たすが、資本主義社会が到来するまで、市場はあくまで人々の暮らしの周縁に過ぎなかったことだ。
18世紀まで、労働市場や土地市場などというものはなかった。
地主か小作農か、そのどちらかしかなかった。
ところが資本主義が誕生すると、何もかもが売買の対象になった。
アイリスの見るところ、自由市場には資本主義の完全な終焉が必要かもしれないが、実のところ、自由市場が解決策ではないからだ。
資本主義であろうとなかろうと、市場は、家父長制と圧制的な権力が生き延びる生息環境を作り出す。
アイリスの夢は「市場の自由」ではなく、「市場からの自由」だったのだ。
私(チキハ)の感想です。
ギリシャ人の書く小説をを読んだことがあったかな、そう思うほど馴染みのない感じを受けました。
それは登場人物のくっきりとした考え方からきているようです。
革命家アイリスは、女性ですが、誰にも迎合しない冷たさと強さで線の強い人です。
天才コスタも、世界を変えたいと思い、巨大な企業や政治家など権力者が利益を貪ることに抵抗を続けています。
思春期の青年トーマスは、支配、コントロール、権力で世界が成り立つことにいきどおりを覚えながらも、志向する様子が見られます。
男性性の強すぎる時代が終わるのだと聞いたことがあります。
女性性とのバランスがとれるようになると、社会も変わってゆくのだとか。
あとがきのなかに書かれていましたが、ギリシャ人は、ときどきものすごく哲学的な発言をし、選挙のことになるとすごおおおおおおく興奮しやすい(村上春樹)、のだそうです。
意外でした。
SFです。
パラレルワールドでは、商業銀行はなくなっていて、みんな中央銀行に口座を持っています。
配当と、相続と、積立が振り込まれます。
株式市場はありません。
直接投資をします。
トーマスは、向こうの世界を選び、もう戻りません。
こちらの世界を選んだ向こうのアイリスは言います「こっちの世界の方が、私はずっと役に立つはずだって」。
機械が奴らの手に渡ることをおそれたコスタは、こちらに残り、機械を破壊します。