なみさん(69)、夫と2人の息子と社宅暮らしである。
娘は結婚して、孫がいる。
山形から集団就職でこちらに来た。
仕事の終りころ「疲れませんか」と聞いた。
「疲れない」と即答である。
何でこんなに元気なのか、私は興味をそそられた。
働き始めて分かったのだが、深夜の仕事には、深夜手当の割り増しがあり、時間外や休日出勤など合わせると、基本給からおよそ倍近くの給料になることがある。
彼女は、それがとてもうれしいのである。
「何でそんなに働くんですか」
旦那さんも、2人の息子さんも働いているのだ。
「家が欲しいんだよ」
「え、すてきー、夢があるんですね」
夢があるから元気なのだろうとその時は思った。
聞けば、息子さんが家を買ってくれると言っていたのだが、コロナで勤めていた会社が倒産してしまったのだ。
再就職はしたものの、以前のような計画では、なりゆかない。
だから、なみさんは、頭金を少しでも多くするために働きだしたというのだ。
単純な作業ではあるが、慣れないうちは大変である。
元リーダー(77)の容赦ない叱責がとぶ。
そのたびになみさんはひどく傷ついてしまう。
「小学生の頃によく廊下に立たされていたんだよ、それを思い出す」
夜中にうなされているなみさんに息子さんが「そんなに大変なら辞めな」と言う。
しかし、なみさんは「負けてられっか」と言うのである。
「どうしたらいい」と聞くので、「えー、ん、努力もー」と言うと、顔をしかめた。
努力、はいやなのだ。
「馬鹿なんだよ、バーカ」と優しいリーダーも、ストレスの限界をむかえつつある。
なみさんとみんなから少し離れた場所で作業していると、「第一幕は終わった。第二幕の始まりだ」と声をひそめる。
みんなの前で下ネタを言ったりしている。
それが、彼女のお芝居らしい。
それがなみさんの生きる術だ。
そして、けっこうそのお芝居にみんな踊らされている。
どういうふうにして育ったのであろうか。
聞いてみた。
末っ子で、大事にされて育ったと言う。
そうなのだ、素直で嫌みがない、単純で愛嬌がある。
愛されて育ったのだ。
「愛されて育ったかどうかはわからないけど」
その辺りの判断もしっかりしている。
なみさんは、人にされて嫌なことは、人にしない、というのが信条であるようだ。
だから元リーダーに言い返すのである。
「なんでそんな言い方するの、本当は好きなんでしょ、もっと優しくしてん」
「馬鹿やろ」
見ている分には、楽しい。
なみさんには、資本主義の効率性が、頭で理解されていない。
だから、ときおり、時間をかけて作業してしまう。
時間でどれだけの作業をこなすかで我々の給料がはじき出されているのだということを、元リーダーも現リーダーも、説明していない。
リーダーも具体的に数字で説明できるかと言えば、そうではなくて、きっと「もっと人件費を削れ」というような指示があるだけなのだ。
元リーダーは、「なんで私の半分しか出来ないんだよ、その分私がやるのやだよ」と言う。
私は苦笑いをして「はい」なんて言う。
なみさんの家系では、癌にかかった人がいない。
「すごいですね、今や2人に1人は癌にかかるといわれているのに」
なみさんは、ケロッとしている。
腰とか痛いところありませんかと聞くと「ない」と答える。
周りを見渡すと、皆どこか体の具合が悪いのだ。
その凄さに私は驚嘆している。
なみさんは、仕事が終わると、シャワーを浴びて、掃除洗濯、買い物、夕飯の支度と走り回る。
横になって、TVを見ている。
友達と美味しい料理を食べに行く。
大きい声で喋りまくる。
息を吸い込むときに、腹の底に息が入るのである。
日常の生活の中で、体と気持ちをほぐしたり、高めたりしているのである。
ヨガの修行者のようである。
なみさんが敵対している人物を紹介しよう。
なみさんの同期入社、独身1人暮らし、子なし、専門職、40代女性である。
効率化に妥協がない。
なみさんはここでも指導されてしまうのだが「負けてられっか」なのである。
効率女子は、元リーダーにベッタリである。
この人物には、なみさんの術はきかない。
元リーダーはミスしても謝らない。
効率女子も謝らない。
しかし効率女子、元リーダーがミスしたとき、自分は悪くないのに「すみません」と謝っている。
こちらの処世術は、陰気である。
そして、先まで読んで仕事の指示を出すので、めっぽう早く終わるが、元リーダー以外は人間性を無視するのである。
効率的であるが、恨みを買う。
なみさんは陰で悪口を言う。
「そう思わない」と言うので「そうなんですけど、不幸な人なんですよ。人より少し優秀だとか、仕事が速いとかでしか、自分を保てないんです。私の中では、かわいそうな人のカテゴリーに入ってます」と答えた。
リーダーも、なみさんも、3人の子供を育て、家庭を切り盛りしている。
そして、2人とも大家族の経験者だ。
そんな効率重視のやり方は、合わない。
「1人でやってるんじゃないんだよ」と2人はここで意気投合する。
私はここで考える。
なみさんは、どのような影響を周りに与えているのだろう。
どうでもよい話を投げかけられて答えているうちに、私はよくしゃべるようになった。
叱られても、翌日か、数日後にはその人も無駄話の相手になる。
無駄話で、自分の思考は流れてしまうが、職場で考えていることは大したことはない。
無駄話で得るのは、緩みである。
ヨガと仏教の解説の中では、執着と嫌悪が不幸の元なので、これをなくすといいよ、といわれているらしい。
なみさんは、好きと嫌いがあるけれど、いつまでもしがみついていない。
だから、なみさんは健康で幸せなのだ、と私は一人で納得している。
しかし、仕事としてどうなのだろうか。
一つあたりの人件費としては、高すぎないか。
斎藤一人さんは、性格のいい奴と仕事をしろと言う。
要領は教えればいい、性格は変わらない。
なみさんは、1人で仕事をしているわけじゃない。
仕事のできる人が、なみさんのやりやすい環境を整えればいいのだ。
それが、実は他の人にも働きやすい職場になる。
そういう事例はよくある。
そこまで考えても、私は発案しない。
なぜなら、その思考は経営者がすることだからだ。
そして、経営者にその思考がある気がしない。
だから私は、時間内に望まれた仕事をこなし、基本給より多めにもらうことで満足している。
難しい仕事ではない。
週休3日なら、休息も、余暇もとれる。