個人的な過去の暗い感情を解消できそうなので、皆様の参考になればと思い書きます。
いつも頭に浮かぶのは、あまり良くない出来事です。
たくさんの良い出来事も、一滴の毒で、陰に飲み込まれてしまうという経験はだれにもあると思います。
いつも陽気で明るく前向きで楽観的な、というのは、躁鬱(平常ではない状態)の軸が陽気に傾いていると聞いたことがあります。
しかし、そちらに傾いていた方が、生きていきやすい、ということです。
では、どうやってその状態にもっていくのか、ということがあるわけです。
十分に眠り、健康的な食事をとり、愛する人と抱き合うことで満たされることはあるようです。
個人でできるのは、睡眠と、食事です。
愛し合うこと、というのは、相手が必要だと思っていたのですけれど、まずは自分を愛することだと聞いて、なるほどと思いました。
しかし、自分を愛することの、奥底にあるのは、生まれ、育つ中で、自分がそのままの状態で受け入れられている、と感じる経験だと思います。
生まれてきていいんだ、そのままで愛されるのだ、という確信がないと、自分を愛するという信念が育ちにくいのだと思います。
そうやって育った人は、容姿や頭脳の良しあしなどに関係なく、多少の毒にも負けない強さがあるように思います。
さて、「あまり良くない出来事」は様々あると思いますが、愛が欠ける、失うといったことがあると思います。
私は愛されることはない、といった意識は、ふとした隙に入り込んできます。
私は、どうしてこんなに愛のない社会になったのだろうかと思います。
20世紀は戦争の時代と聞きますけれど、失ったものは大きい。
大人たちは、攻撃や競争という能力を最大限に生かし、自分や守りたいものを守るために戦いました。
そうやって教育されて、育ちました。
それは、陰の感情だと思うのです。
今生きている日本人は、戦争を知らない人がほとんどになりました。
しかし、その陰の感情は形を変えて、受け継がれているように思います。
ものがあふれる中で、欠けているのは、そういったことなのだろうと思います。
さて、話をもとに戻します。
私が、自分が愛されていると思えないのは、例えば父親が私に笑顔を見せるときは、私が父親との競争に負けた時なのです。
私を愛していると言った男性は「俺は変わらない、お前が変われ」と言います。
そんな、体験を思い出すと陰になります。
しかし、彼らが私を守ろうとしていたことや、そのために労働していたことを知っています。
彼らの頭の中にある、男性像は、どんなものだったのでしょう。
日本人は、貧しくても誇り高い民族であったと聞いたことがあります。
自分の仕事に誇りを持っていたのです。
仕事が組織化され会社員勤めをするようになる前のことです。
現代の男性に求められるのは、手にすることが出来ないことばかりなのかもしれません。
職場でストレスを溜め、家のローンと子供を大学までやり、家庭のこともして、奥さん孝行するなんて無理な話です。
慎ましく平凡に、普通の家庭を築きたい、そう思う中にも、幻想があるのです。
幸せを築く人は、耐える力とか、ゆるす知恵とかがあるのでしょう。
おそらく、修羅場があって、神に祈ったり、直感を鋭くしたり身を寄せ合ったりする体験を共にしたのかもしれません。
私は、自分が幸せになれない、なりたくないのは、自分の未熟さや弱さに気付けなかったからかもしれません。
相手のせいにする、ゆがんだ復讐だったのかもしれません。
私は、布団の中で今私が死んだら、彼らはどんな反応をするのだろうと、想像してみました。
彼らは、実にそれぞれに嘆き悲しみ自分を責めるのです。
私は、その姿を見て、だれも私を不幸にしようとしていたわけではなかったと気付きます。
では、どうしたらいいのだろう、と考えました。
私は「理想のパートナーと出会い、幸せに暮らしている」という文言をつぶやきます。
すると、亡くなった父親、別れた男性が胸をなでおろし、安心して穏やかになっている気がしました。
私の復讐は祈りに変わりました。
私は筋トレをして鏡の前でポーズをとって、我にかえります。
「いい歳して何をやっているのだろう」
こういうことじゃない、じゃあどういうことですか?
いっこうに先に進まない。
「知らないことは知らない」と田んぼオーナーが初めて田んぼをする人に向けて言っていたことを思い出しました。
私は笑いながら「そぅ」と言い、浅黒くしわのある横顔を見て、甘くないのであると思ったのでした。