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今こそ読みたいガルブレイス

『今こそ読みたいガルブレイス』(根井雅弘、2021)

〈以下一部抜粋・要約〉

 

ガルブレイスの『新しい産業国家』の初版が出版されたのは1967年だったが、その頃は、資本主義VS社会主義という図式が典型的に当てはまる冷戦時代だった。

『新しい産業国家』を理解する鍵は、大企業による「計画化」なのだが、ガルブレイスはその本を主にアメリカ経済を観察して執筆したものの、大企業が支配する「計画化体制」は、程度の差はあれ、資本主義にも社会主義にも等しく出現するだろうと予測していた。

 

ガルブレイスは、大企業が「計画化」を必要とするのは、現代の技術がそれを要請しているからだと捉えている。

すなわち、生産工程が長期化し、その間、多額の資本金や専門化した人的資本が必要になってきたが、最終的に、完成された製品が市場に現れたとき、大量に売れ残ることは、なんとしても回避しなければならない。

「計画化」とは、このような市場の不確実性の問題に対処するために必要となるが、そのための手段が、大企業の掌中にある「管理価格」「消費者需要の操作」「内部金融化」なのである。

第一に、大企業は、独占企業には及ばないにしても、市場価格に対する相応の支配力を持っている。

ガルブレイスが、市場価格への支配力を一切持っていない完全競争モデルが、アメリカ経済の実態といかに大きく離れているかを批判し続けたことはすでに触れたとおりである。

第二に、大企業による「依存効果」の行使が新しい欲望を創造し、消費者需要を操作していることを強調していた。

第三に、大企業は内部留保を積み上げることによって、新しい投資のための資金を内部で調達し、金融機関等の外部からの干渉を排除しようと努めているのである。

『新しい産業国家』は、この意味での「計画化」の担い手を「テクノストラクチュア」と名づけたが、彼らは、「資本」の所有者である資本家ではなく、単に「経営」を管理している経営者でもなく、大企業内部という「組織」の中での専門家集団だという主張で注目を浴びた。

「テクノストラクチュア」は大企業の成長率を最大化することを目標にするのだが、ガルブレイスによれば、さらには、それを国民経済全体の目標として定着させるために、社会全体の意識操作まで試みるようになるという。

これが、大企業と国家が一体となった1つの管理社会、すなわち、ガルブレイスの「新しい産業国家」なのである。

 

「市場体制」とは、基本的には、支配力を少しも持っていない多数の小企業からなる完全競争モデル(つまり古典派経済学)が適用される世界である。

小企業は、大企業と比較して、資金面でも技術面でも劣っており、そこで働く労働者の待遇も良くない。

そのような不平等な条件の中で、それでも「市場体制」が競争しようとするならば、自らの待遇を自主的に犠牲にするという意味で「自己搾取」を余儀なくされるに違いない。

しかも、それが、大企業にとって「都合のよい社会的美徳」によって支えられているというのが、ガルブレイスの見解である。

「計画化体制」が中心の国民経済の成長という図式と違って、「計画化体制」が「市場体制」の犠牲のもとに「不均衡発展」していくというヴィジョンが生まれる。

 

『新しい産業国家』では、「計画化体制」の影響力が国家の政策決定にまで及んでいることが暴露されたが、このような現状をどのように改革すべきかについては、ほとんど言及がなかった。

アメリカの政治史に精通していたガルブレイスの目には、共和党が長い間「計画化体制の道具」であった事は明らかだったが、彼が終始支持してきた民主党も、その弊害から逃れていたわけではなかった。

むしろ、共和党政権も民主党政権も、程度の差はあれ「計画化体制」と「癒着」していたといっても過言ではない。

行政府の長としての大統領、そしてその下にいる官僚が「計画化体制」の方を向いているばかりでは、決して「公共性の認識」は広まらないし、「国家の解放」も絵に描いた餅である。

では、議会はどうかといえば、アメリカの上院や下院に議席を有している政治家が「計画化体制」と何の関係もないという方が例外である。

ガルブレイスは、会員の歳入委員会や上院の財政委員会等を例に挙げ、その委員会の構成員たちが「公共性の認識」から最も遠い連中であると極めて厳しい評価を下している。

「実力のある大統領とは、計画化体制の目標とは違った、公共の目標に向かって官僚を引っ張っていく大統領のことである。

だが、国家の解放の鍵を握っているのは、議会である。

議会は官僚の片割れではなく、もともと国民の関心に応えるのが本務である。

議会がその気になれば、大統領も公共の利益をはっきり定めて、これを追求する可能性が生まれてくる。

しかし、議会の圧力と支持がなければ、まずどんな大統領でも、官僚と計画化体制のいけにえになるよりほかはない。」

 

ガルブレイスは、「計画化体制」との関連で、軍産複合体の脅威にも触れている。

軍部の真理は「国家的利益」を「人間の利益」よりも上位に置き、「全体の死と破壊の見通し」があってさえも、新しい兵器開発にためらわず、突き進むべきだという信念である。

晩年に至って、再びガルブレイスが、大企業の権力の問題に取り組むようになったのは、ジョージ・ W ・ブッシュ共和党政権時のイラク戦争の勃発と深く関わっているはずだ。

イラク戦争の海戦前夜を観察していたガルブレイスは、「私的セクター」に属するはずの大企業が軍部と結託し、「公的セクター」まで牛耳るようになったという今日の軍産複合体の実態を暴露した。

 

私(チキハ)の感想です。

大企業と国家が一つとなった、管理社会ですか。

議員も官僚も委員会員も何らかの便宜を受けている、というのは大人になってみるとよく分かる。

小さな身近な集団でも、人は利益のあるなしで行動を決めることはよくあるからだ。

政治家に投票するのは、自分に利益をもたらすと思うからで、多くの「満足せる選挙多数派」は、貧しく恵まれない人に税金が使われるのを嫌がり、減税を約束する人に投票する。

私はそういうふうには考えなかった、といえば嘘になる。

なぜか。

もっと、もっと欲しいと思うからだろう。

私が立ち止まって考えてしまうのは、私のこの欲望は、どこから来たのだろうということだ。

当たり前のように、経済主導の社会に流されている。

私たちに何ができるのだろうか。

ガルブレイスは、私たちの政治家への評価が、変わることを述べている。

私たちを豊かにしたか、ではなく、環境についてなどで測ることだ。

20〜30代くらいの人達には、こういう価値観はリアルだろう。

日本の創業者には人格者が多くいると思っている。

利益でなく善悪で判断する。

自分の手柄ではなくチームの手柄。

汗水垂らした結果の成功。

素直で公明正大。

勤勉な技術屋は有名だ。

貧しく恵まれない環境からのし上がってきた人たちだ。

貧乏な人は自分の弱さに負けるのだという話も、うなずける。

日本人は勤勉に働かずにいる人に対して厳しいのだ。

アメリカの国と大企業が一体となった管理社会の大企業って、日本はどこまで侵食されているのだろう。