ユタカ2イキルオテツダイ

ほんの少しずつ、ゆたかになってゆきましょう

考えることと実際の違い

これが食べたい、と思うことと、体が本当に欲していることは違うことが多い。

こんなことを聞くことがある。

「食べたいものを食べればいい、体が欲しているのだから」

その時は、そうなのかと思い、術後なのに、天丼を食べたりした。

同じ手術を終えた人も、退院するときに「とんかつを食べる」と言っていた。

もしあの人が、本当にそうしていたら、私と同じように、吐いたかもしれない。



前々回の記事「大腸がんの手術の6年後の様子」でも書いたのだが、腸は私の意識とは別に動く。

よく心臓を動かそうとして動かしている人はいないという、そういった活動のことだ。

 

手を伸ばしたり、走ったりすることは、私の意識がそうしていると思っている。

そうではないという考えもあるようだけれども。

そうなると、私の話も終わってしまうのだから、もう少し分からない人のままでいよう。

 

夢日記を書いていて、それをネットの夢判断で調べることにしている。

相変わらず日常は嫌なことが頭に住み着くのだが、夢の中では良い兆候が表れている。

解釈の仕方によって、さまざまに変わるから、素人判断はほどほどがいいとは思う。

 

ユングによると、無意識が先に動いて、現実が後からついてくるらしい。

初めの頃は現実化するのに時間がかかる。

数年とか。

徐々に、その時間差は縮まっていくらしい。

無意識が現実の世界にメッセージを送っている。

気にしていると、それに気がつくようになる。

シンクロニシティ(意味のある偶然の一致)というのだが、多くの人に経験のあることだと思う。

「あれっ、これ気にしていたことだなぁ」って街の広告のコピー、店で流れる曲、そんな感じで。

 

最近は、YouTubeでタロット占いをしている人(LITAタロット)を見ている。

YouTubeを選ぶときにしていることがある。

指でサムネ画面を指さして、そこから微量な電気刺激を感じ取る。

このときに、トゲトゲ、ビリビリした刺激がない、スーッと静かなものを選ぶようにしている。

それがどういうことなのかよくわからないが、発信者の状態が出ているのかなと思っている。

LITAさんは、チャネリングでしゃべる。

だから、発信者の持つ偏りがあまり感じられない。

なので、アドバイスがとてもしっくりくる。

シンクロのメッセージを具体的に説明してくれているような感じがする。

 

私が私だと思っている人が、思っていることは、現実と思っている世界の中で生きる為に身に着けたものだ。

慣れ親しんだ考え方や食習慣が私をつくっているのだけれど、それは、表層なのだ。

それをそれとして楽しんでいけばいいのだけれど、ときおり、真実(実際)に向き合わないと、吐くことになる。

その真実を教えてくれる人が、近くにいないとき(大概はそうだ)人は、ありきたりの世間一般の中に埋没する。

そして、ずれていくのだ。

自分の真実や直感に目を向けることは、もっと推奨されるべきことだと思う。