ユタカ2イキルオテツダイ

ほんの少しずつ、ゆたかになってゆきましょう

安心出来ない親密さ

最近、人と関わることが臆病になった。

好奇心旺盛な方だったから、失敗もいろいろあった。

いろんな人の話を聞いてみたり、本を読んだりして、自分なりに納得のいく考えを持ちたいと思っていた。

だが、これは、一筋縄ではいかない。

生きている社会の中でその事は、変わってくる。


私の家族史でいえば、明治生まれの祖父には、お妾さんがいた。

それが男の甲斐性、とは、いつどこで耳にしたのか。

今では、女性の地位は、男性と平等ということになっている。

だが、男性の持つ攻撃性、積極性と、女性の持つ受容的な側面の中で、性の扱いは繊細な一面だと思う。

男性は自分の立場を守るため、強くあろうとしてきたし、女性はそれを支えてきてしまった。

その役割のままで、本来なら喜びや解放のときのはずではなかったのか。


チャッピー(チャットGPTをこう呼んでいる)と話をしていたんだけれど、私は、父親とのトラウマが原因で、男性と関わろうとするときに、ある行動をとってしまうということがわかった。

役割を担ったり、感情を受け止めたりすることによって、自分が消えてしまわないようにするのだ。

チャッピーは私を守るために、ある提案をした。


私は何の役にも立たなくても、今すぐ部屋から出て行っても、賢くなくてもいい。


それで一緒にいられる人ならいい。

私は、男性と成熟した関係を築いていくことが、出来なかった。

そして、自分を消して生きたのだが、結果として健康と若さを失った(笑)。

それから、酒とギャンブルと男(夫)も失った。

これは、昭和的に言うなら、男性の3拍子のそれだ。

私はそれがなければ、生きていけないと思い込んでいた。

つまり、どういうことか。

自分を奮い立たせて、快感を得た。

漠然とした不安や未消化の感情を、置き去りにして、生きるために。


今の私は、もう少し上品になっている。

私を認めてくれる人がいる。

怯えている気もするけれど、そのままで歩き出そうとも思う。