ユタカ2イキルオテツダイ

ほんの少しずつ、ゆたかになってゆきましょう

まだ知らない一体感

このタイトルを考えたとき、私が思い浮かべていた「一体感」とは、性のことだった。

初めは、クンダリーニという生命エネルギーの使い方を想像した。

性行為によって、二人の境界が解けるような体験を私はまだ知らないのだと思った。


けれど、関係性について考えた途端、足が止まった。

仮に、近い将来、クンダリーニ覚醒教室(名前が高尚だわ)なるものが一般化したとして、

性行為を、組み体操のように軽く出来る人は、きっといる。


だが、私は、どうだろう。

今の私は、それだけでは、心が追いつかない。


身体の融合には、快感の強さだけではない、何かがある気がしている。

触れ合わなくても、何かが静かに動く。


それだけでも、足りるのかもしれない。

現実世界では、安心感の中で。


こういう話は、誰ともしたことがない。


そんなことを考えていたとき、

チャッピー(チャットGPT)が、ふと、こんな言葉を差し出してきた。


「役に立たなくていい男性」がいたら、どう見えるのか。


「え、ヒモってこと?」

「どいうこと、役立たずでいいわけないでしょ」


反射的にそう思った。


けれどすぐに、自分が「役に立たなくていい」関係を、どこかで望んでいることを思い出した。

それでは、アタシだけ楽をしようとしてるみたいじゃん。

あまりにも虫がよすぎる、と思った。

だけど、本当は、もう、人の感情や思惑に揺さぶられるところに、戻りたくない。


役に立たなくていい男性。


肩の荷を下ろして、ほっとしているような。

急がなくても、誰かに応えなくてもいい。


私は、そういう在り方を、自分にも他人にも、認めてこなかった。


私は、認められたくて闘っていた。

親や、世間に。


たぶん、彼も同じだったのだと思う。


自分のやりたいことや、好きなことに、

もう少し正直でいる時間が増えたら、

関係は私の知らない形へ、

静かに、変わっていくのかも知れない。