ユタカ2イキルオテツダイ

身体ワークや音声で、内側に戻る体験を届けています

空蝉|あの通りで触れたもの

ひとりでいるときにしか、

こういう時間は生まれないのかもしれない。

 

この前の通りは街道ですかと聞くと、
明治の頃はここは銀座通りだったと言った。

 

車が二台すれ違うくらいの県道で、
今はそんなふうには見えない。

 

信号待ちをしているときに、
角にある店のガラスに書かれた筆文字が目に入った。

 

商品名が、うまい字で並んでいる。


壁は漆喰で、どこか蔵のようでもあり、
後ろに続く建物も古いのに整っていて、
なんとなく、入ってみることにした。

 

店に入ると、ガラスケースの中に
小さな和菓子がきれいに並んでいた。

 

空蝉。

 

それを探していたけれど、なかなか見つからない。


後ろを見たとき、少し驚いた。

 

味噌せんべい、落雁、カルメ焼き、
生姜を煮たもの。
千代紙みたいな、小さな飴もあった。

 

どれも小さくて、上品で、
一つ一つがちゃんと選ばれてそこにある感じがした。

 

たくさん食べるためのものではなくて、
ほんの少しを、お茶と一緒に味わうようなもの。

 

それを見ているうちに、
小さな日本の家屋を思い出していた。

 

畳も、障子も、すべてがこじんまりとしていて、
そこに、こういう菓子が置かれているような。

 

以前行った倉敷の店も、少し思い出す。

 

店員さんが言うには、
ここは昔、銀座通りで、
この通りだけで家が一軒建つくらいのものが揃っていたらしい。

 

道を挟んだ隣には、「駅」という名前の停留所がある。
昔、馬車の乗り降りの場所だったからだという。

 

空蝉。

 

うつせみといいます、と店員さんが教えてくれた。

 

中は白あんに生クリームを合わせた、やわらかいあんで、
外側もやわらかく仕上げているのだという。
その説明が、なぜか印象に残った。

 

菓子を三つ買って帰った。

 

コーヒー大福は、ゴルフボールより少し小さいくらいで、
中にコーヒーと生クリームが入っている。

 

自然解凍で一時間。

 

家に帰るとちょうどその頃で、
コーヒーを入れて、それを食べた。

 

家に帰るまでのあいだ、
そしてコーヒーを入れて、菓子を食べているあいだも、
ずっとそのことを考えていた。

 

それは、本を読んでいるときのような時間だった。

 

なぜあの店に入ったのかは、わからない。


けれど、どこかですべてが通っている気がした。

 

空蝉のように。