鈴之助
12年ぶりに会った。
鈴之助は髪をなびかせた。
サラサラの髪は背中の真ん中あたりまで伸びている。
まつ毛が長い。
肌は透き通るように白い。
20歳をとうに過ぎているのに声が高い。
鈴之助はリンノスケと読むのだ。
鈴之助の祖父の亡骸は、白い布団に横たわっている。
数時間前に死んだ。
鈴之助は手続きを終えて、一人で私が来るのを待っていた。
私がお線香をあげるのを、立ったまま部屋の隅で見ている。
終えるのを確かめると、小さな手帳を片手に口を開いた。
「零時四十一分……」
死亡時刻と死因などを正確に報告する。
全てが事務的に進められた。
鈴之助の変貌のほうに気を取られて、よく理解できない。
こんなに背が高かったか。
黒の上下の服装は、喪服でもなくカジュアルでもなくて、男性で女性でもなかった。
最後に会ったのは、彼の祖母の死亡したときで、私は病院で待っていた。
駆け付けた彼は少し興奮気味で、子供らしさが残っていた。
学生服のズボンの折り返しをすべて伸ばして、それでも足首が見えてしまっていたし、それを気にもしないではいていた。
葬儀の打ち合わせまでに4~5時間はあった。
私たちは、新品の幅の広いソファに移動した。
「これ結構するんじゃない」
鈴之助は興味を持った。
死ぬとは思っていなかったんだ、90歳を過ぎていたのに、新しい家具を買っていた。
不可解な家族の話をする。
そして触れてはいけないような気もしたが、それも不自然なので、鈴之助のことを聞いた。
男性にも、女性にも恋をしたことがないのだと言った。
何かに恋い焦がれることもないと。
「ではなぜ」
「男性嫌悪」
「……」
窓の外を見る。
変わったところは何もない。
見慣れた庭にやや枯れた草の色。
それなのに二人だけが違う世界にいる。
鈴之助の作る世界なのだが、私もそこにいる。
ニコラ・テスラは、白い鳩を恋人のように想っていたことを思い出す。
鈴之助は普通の人とは違う使命があるのだと考えた。
「よく考えて出した結論なんだろうから、私は応援するよ」
相手の立場に立って考えようとするけど、今の私にはその知識がないんだ。
だから声がガサついた。
鈴之助の悲しみに寄り添う。
ソファの上に頭を置いて、私の話を聞いているのか、ただ音を聴いているだけのようにも見える。
昨日の朝8時からずっと起きているのだと言った。
私は、そう、彼を癒すために話し始めたのだ。
「虫の鳴き声を、言葉として聞くために日本語を作ったのだ、とさえ言う人がいて」そう言った。
そうか、それが催眠のようになって、音だけ聴いたのか。
鈴、鈴、鈴虫。
リンノスケは鈴虫に似ている、黒くて艶がある。