司法書士を囲む
鈴子は「13:25着でぎりぎりになっちゃうので、早めに行ける人はジーちゃんち入って待っててもらえると助かります~👍」とラインしてきた。
鈴之助は、応答なしだ。
私がバタバタと部屋を片していると音もなく玄関が開く。
「誰」
「わたし」
「鈴之助なの」
色白の鈴之助が気配さえ薄く入ってくる。
「鈴子の時間は、駅に着く時間なのか、家に着く時間なのかわからない」
鈴之助は言った。
「うん、それは私も思った」
私は、家に着く時間と解釈するのが一般的だろう、と思った。
それに、そんなことはどうでもいい、返信がないほうが気をもむのだ。
鈴之助はいつも返信がない。
さっき道ですれ違ったスーツ姿の男性がやはり司法書士だった。
一度家に来て、誰も出ないので、一回りして来たのだ。
名刺をいただいて、「今日は寒いですね」なんか言って、来る途中で買った無糖コーヒーとロイヤルミルクティーと水を差しだし、「お好きなものを」と言った。
「では、これを」と無糖コーヒーを選んだ。
私の思うところだった。
今日は波乱もなく行くかもしれない。
「相続人は私と姉なんですけども、姉のほうが」と何気ない導入部のつもりで話始めると、鈴之助が私の話を遮るようにして話し始めた。
司法書士に会いたいと言ったのは、鈴之助なのだ。
鈴之助の母親は、脳機能低下と言えば聞こえはいいけど、精神障害(鈴之助はこの言葉を言うときに少し動揺を見せた)で、生活保護を受けてグループホームに入居している。
現実と、妄想が入り乱れてしまうのだ。
鈴之助は、母親から委任されている。
母親は今の生活を続けたいと言う。
財産を受け取ると環境が変わるのではないか、そうであるなら財産放棄などで、受け取らなくしたらよいのではないか。
しかしそうすることは、法的に違法ではないのか、ということが聞きたいのだ。
まじめなやつだ。
適当に、ごちゃごちゃやればいいのに。
そのあとで「ケースワーカーと相談して」なんて言ってる。
結局、相続した財産から生活保護を返納して、余った分を使い切ったらまた生活保護の申請をすることになりそうだった。
そこまで話すと、鈴之助は「では」と言って私の方を向いた。
私は、心の中で、こいつは馬鹿かと思った。
人の話をさえぎっておいて、礼儀を知らない。
自分の方が物事を正しく知っている、そんな様子だ。
士業の仕事をしていると聞くが、その様子では問題も多かろうよ。
それから司法書士は相続の手続きの一般的な話をして、見積もりを残して帰っていった。
途中から参加した鈴子はやはりロイヤルミルクティーを選んだ。
高校生の時にいつもミルクティーを飲んでいたのを覚えている。
鈴子は「これを司法書士の先生にと思って買ってきたんだよ〜」と言ってほうじ茶を出して、私は「鈴子は用意してくると思った」と言って二人で笑った。
「鈴之助は用意してこないと思った」と言っても反応はない。
鈴之助に水を飲むのかと聞くと飲まないと言う。
鈴之助は前回二人で会ったときに用意したストレートティーは持って帰った。
高校生の時は鈴之助もミルクティーだったが、もう甘くない方がいいかと思ったのだ。
そのとき鈴之助は、私がストレートティーを用意したことを頭の中でリライトした。
動機や意味を文脈から読み取ろうとでもするかのように。
どこまで記憶しているのだろう。
前回この家で二人で会ったときに、鈴之助は私が過去にプレゼントした本や物、言ったことを覚えている、と感じた。
人の言動や行動の矛盾やウソを無意識にフィルターしている。
あのとき、信用していないと言ったのは、鈴子の名前。
あのときと今の鈴之助は感じが違う。
そのあとで鈴之助は「委任状」を見せた。
母親のサインと印鑑が押してある。
「昨日、会ってきた」と言う。
母親の話になると、鈴之助の中の怒りがたぎってくるのが分かる。
危ない、と感じる。
鈴之助よ、そっちに行くなと私の心は言う。
何枚も必要な委任状が、一枚にまとめられている。
そんな書き方があるのだと驚く。
これが、私の足りないところで、鈴之助の本領発揮なのだ。
鈴之助はじっくりと考えて、最短最良を目指す。
鈴之助は、馬鹿だ。
自分の馬鹿さが分からない。
いや、そうなんだろうか。
それは彼の一面だ。
鈴之助のことを分かっていないのは私なのかもしれなかった。