ユタカ2イキルオテツダイ

ほんの少しずつ、ゆたかになってゆきましょう

何もしないでいるなんて

カバンの中に昨日作った卵がたっぷり入ったパンひと切れと、熱い黒糖生姜紅茶と、茹でたばかりの卵を入れた。

暗いころに家を出て、2時間ほど歩いた。

オレンジとピンクの混じったグレーの空がだんだん明るくなる。

公園の高い木の下に青いシートを広げて、真ん中に座ると、黒い煙みたいに、蚊がたくさん寄ってきた。

私は慌てて蚊取り線香を取り出し、シートの辺り3箇所に置いた。

白い煙がゆらめいた。

あっという間に蚊はいなくなって、まるで、結界を張ったみたいだった。

絵を描こうと思っていたのに、描きたいものがなかった。

私は仰向けに寝転ぶと、しばらくして眠ってしまった。

目を開けると、垂れた木の枝が揺れて、それぞれの葉がうごめいて、生きているようだった。

ジッジッジッ

ジージージー

ジリッジリッジリッ

ジーンジーンジーン

一体何万匹鳴いているんだ。

虫はジから始まる音なのだ。

羽根をこすり合わせるからだろう。

そんなすれた音だ。

日本人は虫の音を右脳で聞くって?

私にもそのうち理解できるようになるんだろうか。

そんなことを考えていた。

アーアーアー

アッアッアッ

ウアッウアックー

鳥が鳴く。

風が吹いて、皮膚を波のように押す。

木々の枝の奥で、雲が舟のように流れていく。

こんなに何もしないでいるなんて。

中学生が団体で通って行った。

陽の光が強くなってきた。

もう帰ろうと歩き出した。

高木の針葉樹の並ぶ道で、中学生たちが体を伸ばしている。

私がこの場所が好きなのは、高い木が作る影が濃いからだ。

数歩足を運んだとき、一斉に虫が鳴いた。

それはまるで、空から土砂降りに降り注ぐ雨、みたいだった。