ユタカ2イキルオテツダイ

ほんの少しずつ、ゆたかになってゆきましょう

11話 体育教師と面接、精神科について語る副校長

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5月11日 

昨日、校長より電話がありました。

 

「犬山先生は『登校できなくなるとは考えたくない。毎日、金ちゃんの事は考えている』と言っています。私も理想ですが、本人と会って仲直りできればと。お母さん、犬山先生と会ってもらえませんか」

 

「会いたく、ありません」

 

謝罪もなく調査もないのに、仲良くなんかできない。こちらが100%悪いということでは折り合いがつかない。

「委員会の後にでも校長室に寄ってください」と言うので行くと、「犬山先生に会ってもらえませんか」と何度も言うので、しぶしぶ会う事にしました。

私はこれでおしまいだと思いました。

 

校長に「場の公正が守られることで、場に対する忠誠が守られる。その場を取り仕切る人は校長です」と言いました。

学校という場所に大事なのは、公正が行われていることです。それで、生徒、保護者、先生は学校を信頼することができる。

しかし、聞いてもらえませんでした。

 

いじめ加害者と被害者の対話は、被害者が傷を深めてしまうことがあるそうです。

それは、指導者にいじめは絶対にしてはいけないという強い姿勢がない場合です。

加害者(犬山先生)の一方的な意見を聞くことになる、と私は覚悟しました。

そして、もう学校側が、調査をすることはない、と確信しました。

犬山先生のレベルの低い行い、そこは表に出ることはない。

 

校長は「私も、過去に強く言ってしまったことで相手の教師が休職してしまったことがあって」と言いました。

「先生、それは事故のようなものだと思います」と私は言いました。

喧嘩はどちらにも責任があります。それは分かっています。

 

しかし、法律は弱い立場の人を守るためにあるのです。

そのために、国がいじめ防止の法律を創ったのに。

校長は、「犬山先生は担任を持っています、部活も持っています、もし異動などになれば、学級の保護者に説明をしなくてはいけません。私も処分を受けます」と言いました。

私は、校長の顔を見ていました。

<どういうことなのだろう>

 それを決めるのは、私ではない。

私の天秤(シーソーみたいな物)の片側には金ちゃんが乗っています。もう片側には、犬山先生が乗っています。

校長が考える両側に乗っているものの重さは、私は分かりません。私は、気が重くなってしまいました。

大人ですから、いろいろなことを考えます。

 

<「いじめ防止の法案は、被害者優先が、大事な趣旨です」と子どもSOSでは言っていたなぁ>と思い出していました。

こうなる前に、もっと他に打つ手があったのではないでしょうか。

わたしは、もう自分の手の中に残っているものはありませんでした。

 

 

  

校長室の隣の会議室に通されて待っていると、副校長と、犬山先生が入ってきました。校長は、改まったように副校長と犬山先生を私に紹介しましたので、私も自分の名前を言いました。

校長は「これは、金ちゃんの心が晴れるために行うものです」、と言いました。

犬山先生はスーツを着てネクタイをしめていました。

この時の為に着替えたのでしょう。普段はスポーツウェアなのです。腕のあたりがパンパンでした。

校長先生の説明の後、金ちゃんの嘆願書のコピーを渡されました。

赤のペンで文章に3カ所数字がふってあります。蛍光ペンでマークしてあるところもあります。

犬山先生が話を始めました。良く通る声です。教師は話をするプロなのでこういったとき、話がうまい。筋道を通して分かりやすく話しています。

校長が言って聞かせているのでしょうか、反省と、責任を感じていると言いました。少し口をすぼめて思いつめたような表情をしていました。

 

わたしは、集中して心の状態を見ていました。そこには暗闇が見えるようでした。

もっと上からくると思っていましたし、腹黒いものが見えると思っていました。

筋肉質の体に素直な語り口でしたので、意外な感じを受けました。

 

赤のペンで書かれたところは、調べ上げていて、何日の、何時間目に何の授業でと説明を始めました。「我々、保健体育の職員で確認しましたが」と言いました。

我々、と何度も言いました。犬山先生の授業の事なのに。

昼休みを過ぎて施設を利用していると、使用禁止は学校のルールだと言うのです。

それは何度も聞いています。

どうして所属の部活だけではないのか、なぜ連帯責任を負わせるのかは聞けませんでした。

その後に続く授業の、「テニス部以外の生徒と組んで」というのは経験者同士で組まないで、他の生徒に指導してほしいという指導方法だと言うのです。

これにおいては、校長から補足の形で説明がありました。

他の問題発言は黄色の蛍光ペンでマークしてありました。

「不愉快な奴ら」「どうなるかと見ていたけど、やっぱりきみたちだめだったね」「体育の成績はつかないけどいいんだな」に関しては「言っていない、言うはずがない」と言いました。

このときは私の顔を見て強く言いました。その時に、今まで副校長や、校長が犬山先生にそれ以上強く言えない訳が分かるようでした。

何も言わせない、といった迫力があるのです。

これでは子供も怖がるわけです。きっとこの目付きの中に、言うとを聞かないとどうなるかわかるな、といったものが加わるのです。恐ろしいのです。

 

「受け止め方が、我々が、思っていることと全然違っている。非常にショックを受けています。こちらも反省しています」

 

お母さんどうですか、と校長が言いました。

わたしはもう、何も言う気が起きませんでした。

 

「副校長先生が言うようにですね、金ちゃんがそう思うようになってしまった、という事ではないでしょうか」

 

犬山先生が「言ったのか、言っていないのか」は周りにいたクラスメートに聞けば、明らかになると思います。

しかし、学校側は調べません。

犬山先生が「言った」ことが明らかになれば、自分も裏切られたことになりますし、他にもいろいろ面倒なことがあります。

私は独自に< 1つ1つオセロのようにひっくり返せばいいんですね >と考えましたが、やめました。

 

「金ちゃんに、犬山先生はどんな先生なのか聞きますと、ルールをよく守る先生である、授業もしっかりしていると聞いています。

金ちゃんは、ルールを守るのがルーズですし、心も鍛えておりませんので、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 

と私は言いました。それは私の心の中にずっとあったことです。

この件の責任が犬山先生だけにあるのではないことは、認めます。

しかし心の中では、<謝罪とはこういう風に言うのだボケ>と思っていました。

犬山先生は、熱を込めて話し始めました。

 

「金ちゃんが学校に来れるように、私の顔を見ないで済むように最大限の配慮をしています。西側の階段を使わないようにしていますし、

金ちゃんがグランドで授業ならば私は体育館、全体で話をするときは私ではない教諭が話をするようにしています、ですから」

 

犬山先生は少し眉をひそめて話す様子は傷ついているように見えました。一体何につい傷ついているのでしょうか。

このときは、金ちゃんの事を思ってかと、思いましたが、何かが少し違う気がしていました。

そして、何とかして金ちゃんに学校に来て欲しいと思っているようでした。

 

「お母さん、この事を金ちゃんに言いますか」

 

校長が言いました。

 

「分かりません。まだそういう見方の中におりますので、伝わるように、伝えてみようと思います」

 

私が、そういう見方の中にいる、と言った時、犬山先生が動揺しているのが分かりました。

校長が最後に「これは出会いがしらの事故のようなものです」と言いました。

もう、下がっていいですよ、と校長に言われドアの前で深々と頭を下げる犬山先生に、私も立ち上がってお辞儀をしました。

 

脱力をしている私に、校長と副校長が同情を寄せているように感じました。

 

「あとは、金ちゃんですね」

 

と副校長が言ったのかもしれません。副校長の心をじっと見ました。暗闇が見えました。

「外に出ることは出来るのか、睡眠はとれているのか、友達と話をしているのか」など聞かれました。

私は「最近とうとう、昼と夜が逆転しました。もともと家にいるのが好きなので」と言うと校長が「でも、テニスが好きなんですよね」と言いました。

私は、体を、動かすことが得意でなかった金ちゃんが3周遅れでトラックを走ったこと。

学校に行かなくても、部活には何回か出てたのに、最近は行こうとしてあきらめていたことなんかが頭をよぎりました。

「ええ、テニスは好きで」私は下を向いてしまいました。

 

校長は「クリニックとかには行ってませんか、自分も足が出ないときがあるんです、そんなときは薬を飲むんです。

私の友人もいつも薬を持ち歩いていますよ。ぬるま湯につかったようになります」

 

と言いました。副校長は、私の方は向かずに時間をかけて、丁寧に言いました。

 

「金ちゃんは深い傷を負った。それは一生忘れないような傷なんです。クリニック、前の精神科というと怖い思いがするんだと思いますが。

確かに、椅子に座っている人を見ると少し異質な感じを受ける。しかし、心の風邪、みんな行ってるので気にすることはない」

 

金ちゃんが行きたがらないと言うと、それではなすすべがないようでした。

金ちゃんは、優しく話しかけてくれた副校長を覚えていて決して悪くは言いません、私は

 

「誠実に対応していただいたと思っています。ありがとうございました」

 

と言って、家に帰りました。

 

私はもう、ぐったりして、家に着くとすぐに缶ビールを飲みました。 

 

 

 

数日後、ことのいきさつを金ちゃんに話しました。金ちゃんは「犬山先生に会ってくれたの」と喜んでいました。

そして、犬山先生が、ひどく傷ついて見えたこと、反省し、責任を感じ、ショックを受けていることを話して聞かせました。

「ほんとかよ」と金ちゃんは言いました。

そして、私は小さな声で「『言ってない』とは言ってたけどね」とさりげなく言いました。

欽ちゃんは、ボディブロウのように言葉で心を殴られてきたのです。じわじわとダメージに苦しみながら、

それでもなんとか関係をつなごうとして頑張ってきたのです。

そしてもう力尽きたのです。

金ちゃんは「もう、学校へ行く気がしなくなった」と言いました。

私は静かにうなずきました。

 

後で友達に話すと

 

「犬山先生は、謝るわけないじゃない、『ったく騒ぎ起こしやがって』って思ってるに決まってる」

 

と言いました。

 

「それが、謝ったのよ」

 

と言うと

 

「えっ」

 

と驚いていました。私は少し勝ち誇ったように思いました。

<私はやったんだ>自分のやれることは全てやったのです。

校長や教育委員会、子供SOS、他の保護者を巻き込んだことで、犬山先生が追い込まれ、あの謝罪になったのです。

もうおおっぴらに、生徒に嫌がらせのようなことはできない、と思いました。

私はもうここが落としどころ、だと思いました。

 

私たちは、かなりな部分気が晴れました、みんなが少しずつエネルギーをくれました。感謝です。

あとは神様にお任せしようと思います。

< ふくしゅうするは我にあり >とは、

「あなたはふくしゅうをすると因果が返ってくるからしなくていい。わたし( 神様 )がするから」、との意味なんだそうです。

 

 私は、金ちゃんの心を癒すことに集中しようと思いました。

 

 

 

次の日、校長から、教育委員会の木村さんが学校に調査に入ったと電話がありました。

「犬山先生と面接を行いました。これから担任と面接をします。

『1年の冬から2年の3月まで。なんでもっと早い段階で気が付いてあげられなかったのか』、という話をします」と言われました。

 

金ちゃんは、こうして進んでいく中で「こんなガチャガチャしているときに、学校に行けると思う?」とイラついています。まだ腹が痛くて行けないのです。

 

その次の日私は、教育委員会の木村さんに電話しました。

 

「学校のほうに調査に行ってもらってありがとうございます。それでどんな感じだったんでしょうか」

 

「え、えーっと。犬山先生と面接をしましたが、そんな感じは受けませんでした」

 

「はい」

 

「分かっていただきたいんですが、教育委員会が学校に行くことはほとんどない」

 

「はい、それは。私もいろいろと調べるタイプですので、めったにないことだと知っています。約束を守っていただいてありがとうございます。

金ちゃんも人間不信にならずに済みました。

犬山先生からは謝罪がありましたし、校長先生も『これは金ちゃんの心が晴れるために行うものです』と言われましたので」

 

木村さんはそう聞くと少しほっとしたようでした。

 

「教師も、生徒だけで何百人、保護者も合わせますとすごい数の人を相手にしています」

 

「はい。それは分かっています。

しかし、子供は『もう、学校に行く気がなくなってしまった』と言ってます。

どちらの方向に行くにせよ、前向きな気持ちで、行こうと思っています。

校長先生には、大変温かい気持ちでやって頂いたと思っていますので、そのことをお伝えください。では、失礼します」

 

木村さんの顔が赤くなったり、青くなったりしたように感じました。

 

しかし電話を切るころには、私が一番最初に話したときに感じたように、

<うん、結局は学校に戻るのだろう>と楽観的な思い込みに戻ったようでした。