新生日本の国家ビジョン『グレイト・コラボレーション=偉大なる共生』社会の建設ー違いが強さになる国創りー(藤原直哉、2005 )
藤原直哉さんの論文です。
Twitterで「マイナーだったものが世界のメジャーに躍り出た」と書かれていました。
日本では現世と異なる存在が昔は身近にありました(急な展開)。
それを現実として感じるには、私たちはずいぶん遠く離れてしまった気がします。
世界的な流れに、広い意味での共生といった感覚が来ているのかもしれません。
氏の動画の中で異次元(UFOを含む)が含まれると言っていて、ビビリました。
<以下一部抜粋・要約>
第2章 社会危機・環境危機がない社会とはどんな社会なのか
(1) 無限の安定とは日々の充実のこと
無限の命というのは、日々完結している命と同じ意味であります。
力に任せて今日の勝ち負けにこだわるということがなく、昨日の悲しみに打ちひしがれることがなく、明日に不安や恨みを飛ばすことがなく、一日一日を最高に充実させ、そして最高に完結させて生きてゆく世の中が、無限の安定を持つ世の中なのです。
すなわち危機がなく、無限に安定がついていく世の中というのは、昨日から引き継いだ問題に翻弄されることなく、翌日に問題を先送りすることなく、一日一日が無理なく無駄なく完結している世の中のことです。
「対症療法」を頼りに無理をしたり曲がったことをすることがなく、力に任せて今日の勝ち負けにこだわるということがなく、昨日の悲しみに打ちひしがれることがなく、明日に不安や恨みを飛ばすことがなく、一日一日を最高に充実させ、そして最高に完結させて生きてゆく世の中が、無限の安定を持つ世の中なのです。
(4) 20世紀の日本はすでに「成功」を達成し終わっている
一般にリーダーの最も大事な仕事のひとつは、その組織あるいは国にとって、「成功」とは何かを具体的に定義することです。
今の日本は20世紀とは違う成功の定義が必要です。
かつて幕末の開港の時代から20世紀の終わりまで、日本の成功とはひとえに世界の列強と戦って勝つことだったといって良いと思います。
日本の現実は明治以来日本が競ってきた欧米列強と比較すれば、特に経済力や人々の生活水準において決して遜色ないどころか、相当進んでいるところが少なくありません。
直すべきところはたくさんありますが、「足るを知る」という大事な教訓を思い出すとき、今の日本はすでに幕末の開港以来の国家の成功目標を、見事に達成していると判断すべきです。
そうです。
日本はすでに20世紀までの国家の成功目標を見事に達成し終わっているのです。
(5)「成功」の定義が変わるとき
だからこそ、今の日本には新たな成功の定義が必要なのです。逆に言えば昭和が終わってから21世紀に入って、今に至るまでのたった15年間に、なぜ日本がかくもみすぼらしい姿になってしまったのか、なぜ日本の活力が失われてみんな朦朧(もうろう)として暮らすようになってしまったのか。
その答えは平成に入ってから今まで、日本が成功の定義を持てなかったからです。
すなわち平成に入ってからの日本というのは何が成功かがよくわからないままにとにかく力任せに走り続け、その結果くたびれ果て、人も国も漂流して座礁しかかっているということなのです。
新生日本は新しい日本の「成功」を定義するところから始まります。
私は新生日本の成功の定義を、『グレート・コラボレーション=偉大なる共生』社会の建設ー違いが強さになる国創りー、
と名付け、これから10年を『グレート・コラボレーション=偉大なる共生』社会のインフラ(社会基盤)作りの10年としたいのです。
第3章 ロハスな生き方
(4) 21世紀型日本人の予感
ロハスと言うのは非常に広い範囲のライフスタイルを「総合的」に表す言葉ですから、IT革命などという言葉と同じように、時代の変化とともに内容もさらに進化していくと思います。
基本は健康と持続可能性ということですから、それは我々の生活のあらゆるところに応用ができることなのです。
ということは我々日本人はこれからどのような姿になるのでしょうか。
21世紀型人間が今、ロハスを通じて生まれつつあるとして、その行き着く先に見える日本人というのは一体何を求め、何を大事にし、何を「成功」の定義として生きていく日本人なのでしょうか。
第4章「グレイト・コラボレーション=偉大なる共生」社会の特徴
(1) 共生を願う気持ち
私はそれをひと言で言えば、「グレート・コラボレーション=偉大なる共生」ということだろうと思うのです。
ここで共生という言葉は英語のコラボレーションを訳した言葉で、よくチームワークという言葉と並べて使われます。
一般にチームワークというのは組織の内部で協調していくことであり、コラボレーションというのは組織を超えて協調していくことです。
ですから一般に共生というときには、隣人、隣の街、隣の会社、隣の国、次の世代、前の世代、自分の外側に広がる自然、自分より年上の人、年下の人など、自分から見てあらゆる外部の人や組織と一緒に協調していくということを意味します。
(2) あらゆる生命との共生
極限まで振れた振り子は必ず元に戻ってきます。
日本人は今改めて、20世紀までの怨念を一度全部水に流して、すべての人、すべての民族、すべての国家、すべての自然、すべての地球、過去に生きていた全ての人とこれから自分が死んだ後も生きていく全ての人、そしてあらゆる動物や植物など、あらゆる生命と、種と空間と時間を越えて協調して生きていきたい、
それが自分にとって一番気持ちがよいことだし、健康なことだし、持続可能な地球を守る上にも良いことだ、と、本気で確信し始めているのではないでしょうか。
私(チキハ)の感想です。
リーダーの大事な仕事のひとつは「成功の定義を示すこと」という文言が、すっと入ってきました。
今でも多くのリーダー(21世紀はみんながリーダー)たちは、どこへ走ればいいのかも定めることができずにいると思いました。
藤原氏は21世紀型日本人は、「偉大なる共生」を「成功」とする、と道しるべをかかげました。
先頭を走る人たちはこのような意識を持っているのかもしれません。
まだ私には馴染みが薄く、感じます。
「持続可能な地球」を、現世だけの、命でとらえるのではない。
これ、どこ視座なのー。
まだまだ学びは、つづき、ます……。