『あなたという習慣を断つ』(ジョー・ディスペンザ、訳東川恭子)
<以下1部抜粋・要約>
量子のあなた
昔の物理学者は、世界を物質と思考とに分類していた。
後に物質とエネルギーに替わったが、どちらのセットも互いに重なり合うことのないものとしてとらえていた。
しかし、真実はそうではない!
とはいえ、この思考と物質という人間性が、
私たちの初期の世界観、
つまり、現実はあらかじめ決まっていて、自分の意思や行動によって外界を変えることはほとんど不可能だという考えのもとになっている。
「思考を使って現実を変えることができるだろうか?」
夜ベッドに横たわって、その日の言動を振り返り、自分は今日1日忍耐強く居られたか、感情をうまくコントロールできたかと考えることはあっても、
簡単な依頼に速やかに答えられなかっただけなのに、
子供を厳しく叱る鬼親のようだった自分について振り返ることはない。
私たちがイメージする自分自身には、苦しみながら耐えている無実の被害者のような天使の姿、
はたまた、子供の自尊心を台無しにするような人食い鬼の姿ということもある。
これらのイメージのどちらが本当の姿なのだろうか?
答えは、その全部だ。
両極端な2つの例に限らず、最良から最悪に至るまでの無限の中間イメージもまたリアルだということだ。
それは一体どういうことだろう?
変わるためには、いつでも、新しい知識を取り入れ、新しい経験が出来るように、自分自身や世界についての理解を改める必要がある。
本書は、読者諸氏にそれをするために書かれている。
物質か、意識か?
17世紀の数学者・哲学者のルネ・デカルトは、生学や他の分野でもまだ通用する理論をたくさん考えだした。
しかし、彼の理論の1つに現在に照らしてみると功績より弊害の方が上回っているものがある。
デカルトは機械論的世界観の主唱者だった。
要するに、デカルトは意識と物質という2つの概念の二元論を押し付ける信念体系の始祖なのである。
何世紀にもわたり、この二元論は現実のありようを表しているとして広く受け入れられてきた。
ニュートンの「古典」物理学モデルによると、すべての物質は固体だった。
しかし、おわかりのように、エネルギーは物質に与えられる外的な力だけではない。
エネルギーはすべての物質の基礎をなすものであり、意識にも反応するのだ。
アインシュタインーー宇宙全体に物議をかもした人
ニュートンから200年後、アルバート・アインシュタインはかの有名なE=mc²
を生み出した。
この等式は、エネルギーと物質は根本からつながっているため、両者は1つであり同等だということを示している。
私たちの物質界の最も基本的構成要素が、観察者の意思により波動になったり、粒子になったりするのである。
世界を動かす法則を理解するにあたり、一番小さい構成要素に目を向ける必要があったのだ。
足場はしっかりして…いない
原子が固体という考えほど、真実から遠いものはないということが、量子モデルによって明らかにされた。
原子はほとんどが空っぽの空間でできている。
原子とは、エネルギーである。
考えて欲しい。
あなたの世界にあるどの物質も固体の物質ではなく、むしろエネルギー場であり、情報の周波数パターンだということを。
万物は何かの物質というよりは、何もない空間だということだ。
もう一つの謎:素粒子という大きい物質では、物理法則が異なる
物理学者が原始の世界を観察・計測し始めたとき、素粒子レベルでは原子の基本的要素が、他の大きい物質のように古典的物理法則に従わないことに気づいたのだ。
「大きい」世界の物質をめぐる運動は予測可能、再生可能であり、常に一定だ。
しかし、電子は粒子として予測不能で異常な運動を見せた。
原子核と接触し、重心に向かうとき、電子はエネルギーを増やしたり減らしたりし、現れたり消えたりし、時間空間の境界を無視して、あらゆるところに出没するように見えた。
物質からエネルギーへ粒子は自在に姿をくらます
科学者たちは、電子レベルで波長や電圧などのエネルギー特性を測定できる。
しかし、これらの素粒子の質量は、限りなくゼロに近く、ほとんど存在しないに等しいくらいかすかな存在なのだ。
素粒子の世界のユニークさがここにある。
物質としての特性を持つだけでなく、エネルギーとしての特性も持っている。
つまるところ、原子より小さい世界で物質は一時的現象として存在しているのだ。
つかみどころがなく、常に現れたり消えたりを繰り返し、3次元に現れたかと思うと、たちまち、量子場の時空の彼方へと消えてしまい、粒子から波動へ、またその逆へと変貌を繰り返す。
でも、粒子が姿を消すとき、それはどこに消えるのだろうか?
現実の創造:エネルギーは意識の集中に反応する
原子を構成する小さな粒子を観察、あるいは計測する人が、対象となる粒子の動き方やエネルギーに影響を与えるということを量子物理学者は発見した。
量子実験が示したのが、電子は無限の可能性あるいは確率で、目に見えないエネルギー場に存在しているということ。
しかし、観察者がどれか1つの原子のある場所に注目したときだけ、電子が現れる。
つまり粒子は、観察されない限り現実には存在できない。
素粒子レベルにおいて、あなたが意思をどこかに振り向けるとき、エネルギーがそれに反応し、物質化する。
あなたがもし観察者効果をうまく利用して、無限の波動の確立、崩壊させて、あなたが選択した現実を物質ができるようになったら、あなたの人生はどのように変わるだろうか。
望ましい人生のありようを、うまく観察できるようになるだろうか。
無限の可能性を秘めた現実が観察者を待っている
あなたの運命を意図とする方向に変えるための観察スキルを磨くとき、あなたはすでに理想形のあなた自身となって、理想の人生を生きる未来へと舵を切っているのだ。
量子場ですべてはつながっている
宇宙の万物同様、ある意味で、私たちは物理的時空次元を超えたところで情報の海につながっている。
私(チキハ)の感想です。
この本には、実践のノウハウが詰まっています。
理論は何となくわかったけど、実際どうなのか。
1週間できる範囲でやってみました。
瞑想なんかと同じで、その人なりの理解度に応じた変化が期待できると思います。
私でいうと、「怒り」の感情が悲しみや絶望といった他の感情を引き起こして、その感情の中での思考はいつも同じような結果を生むということが理解できます。
その怒りをさかのぼると、両親から受けてきたものだということに気づきます。
それは繰り返し刷り込まれていて、無意識の私の思考になっています。
そのときの自分の身体や思考を観察する、という訓練をします。
この段階は、少しきついから、人によっては自分にできる範囲で調整したらいいと思います。
それを理解したら、無意識に押し込まれ慣れ親しんだその感情を手放します。
それをすることに抵抗がある人もいるかもしれません。
それは、愛する人(私の場合の親)への反逆と別れだからです。
それを許すにはもっと大きな思想へのシフトが必要です。
そして、感情を幸せや満ち足りた高揚感に持っていきます。
そして、なりたい自分をイメージします。
私は今はまだこの段階へは移行していません。
まだ邪魔をしているものがあるのです。
私は少しづつ変わっていきます。
臆病だから、物陰から自分の行いの結果がどうなっていくのか、見ています。
確かめながら進んでいきます。
今はまだ、まだら模様ですけど小さな現実の変化を見ます。
憎んでいた父親や母親を否定していたのですが、実は自分の側面で、
繰り返しそう思わせる人物を自分が創出してきたことを理解できたことで、
どうせこうなるなどの予測可能な思考をその時点で変える、というテクニックを試します。
結果は、いつもの最悪…とは違うものに変わっています。
それは自分の汚れた想いに気づかないとダメなんで、汚れた血を輸血でキレイにするようなテクです。
今はまだそんな状態ですが、未来は、痛みをともなわないで変化を楽しめるようになるという希望を持ちます。