ユタカ2イキルオテツダイ

身体ワークや音声で、内側に戻る体験を届けています

住みたい家はハイブリッド

私は東京下町の長屋で生まれた。

私の原風景は、そのふすまで仕切られた小さな畳の家だ。

その後、セキスイハイムに住んだ。

工場で作られた鉄骨の箱は、トラックで運ばれて組み立てられた。

今は、鉄骨で造られた集合住宅で、塩ビの床と、壁紙に包まれている。

最近エコビレッジというのを知った。

そこで、昔から気になっていた漆喰の効能を知った。

シックハウスの原因であるホルムアルデヒドを分解することが出来る。

湿度や温度の調整がきくし、カビ、ウイルス、ダニなどを寄せ付けない。

いつまでも白い。

なによりも、触った感じがいいし、落ち着くのは、その効能のせいなのかなと思う。

土壁と、木材の建物にも、興味を持った。

昨日、息子と日本古民家園に行った。

息子は、集合時間に来ない。

電話をすると、今起きたのである。

前回もそうだが、私の予想通りである。

忙しいのかと聞くと、会社の仕事が終わってから、自分のプロジェクトをやっているのだと言った。

息子が候補をあげた中で古民家を選んだのは、自分が住みたいと思う家のヒントがあるかもしれないと思ったからだ。

一通り見てから、森の休憩所で、私の焼いたブルーベリーとチーズの米粉パンを食べ、サーモスに入れた温かい紅茶を飲んだ。

途中にあった蕎麦屋に寄ろうか、甘味処に寄ろうか、と聞いても息子は乗り気じゃなかった。

一口食べると「おいしい、どんどんおいしくなってない?」といって褒めた。

そして、どうやって作ったのか、どう工夫したのか聞いた。

私は、小麦アレルギーの息子のために、米粉を使って簡単に手早く美味しく作れる方法を研究していた。

「これ、売ってても全然いい」

息子は唐突に、古民家カフェやればと言った。

私は、それを聞いて驚いたが、ある空想を思い出した。

以前、自分の将来なりたい姿を導く瞑想をすると、高原で草を見ている姿が見えた。

何度もやっているのだが、初めの頃は一人だったのが、最近は子供たちと花を摘んでいて、遠くの方でテーブルを囲んで人々が飲食しているようになっていた。

それとつながったのだ。

息子は、いくつものやりたいことが同時進行している。

同じように何かをやりたい人たちが周りにいて、一緒に行動している。

だから、私にもなにかやってほしいと常々思っている。

就職が決まってアパートから寮に入るときは、「僕は、困ったときどこにいけばいいの?」と言って不安がっていた。

父親の方には行きたくないのだ。

私のところに来ればいいのだ、と言うとほっとしていた。

そして、就職して数か月が過ぎると、息子は人生で今が一番楽しいと自信をつけていた。

一人暮らしの私に「これからどうするの?」と聞いた。

私は、自分の老後を心配しているのだろうと考えて、ここは団地だから、収入に合わせて家賃が決まるので、ここにいれば大丈夫だと言った。

自分のことができなくなればヘルパーさんが、数百円で身の回りのことをやってくれるし、ボランティアさんが、手伝ってくれるし、施設もあるのだと言った。

そして、そのあとは?そのあとは?といつまでも聞いてくる。

私は、え?と言った。

そのあとは?

私は小さな声で「お世話になるしかない」と言った。

息子はうなずいた。

その話の中で「一人じゃ無理だ」と言うので、「ママ、結婚しようかな」と言った。

息子は突然の話に、食べ物を床に落とした。

私はその時のことを思い出していた。

一人じゃ無理だ、は世話をするのか無理なのではなくて、一人暮らしが無理だと言っているのだと、森の休憩所で分かった。

「もし、私がうんと若い人と結婚したら、私の面倒を1人で見るのは無理だと思うだろうから、その時は僕がいるから大丈夫だと言ってあげてね」と言うとあ、そういうことかという顔をしてうなずいていた。

息子は「自由がいい」と言って寮生活を選んだ。

今回の古民家を見て話をしていて、やはり一緒に住みたいのではないかと感じたが、自由が無くなるのは嫌なのだ。

私も同じだ。

江戸時代の木造建築技術で、明治に建築された古民家が良かった、と二人は話した。

とても広くて、ひとつの家の中で、小さな区分けがいくつもあって、民宿のようだと思った。

子供が走り回りそうだ。

しかし息子は「そこで寝るのは虫がいそうで嫌だ。

ビニールに包まれた気密住宅も必要じゃない?両方あればいいよね」などと話した。

「二階建てとか?」

「うーん、ハイブリッドで」

たとえば息子に子供ができたら、たとえば私に養子ができたら、子供達をみんなで育てるような環境が望ましいと思った。

森の休憩所で「なんでここはこんなに落ち着くの?」と息子が言う。

「公園と違う」

私は、木の多さが違う、と言った。

木は二酸化炭素、汚染物質などを吸収して、空気を清浄化している。

フィトンチットと呼ばれる揮発性物質が出ていて、中枢神経の興奮を沈め、脳の前頭前野の活動を鎮静化する。

アスファルトでは熱を持ってしまうし、土はそうならない。

木の根はたくさんの微生物がいて、Wi-Fiのようなネットワークがあるのだと、エコビレッジビルダーの銀之助さんの話を思い出していた。

「涼しくてちょうどいい、何度?」

「今日は最高気温22度だから、そのくらい?」

「18度。18度か、ちょうどいい」

スマホで確かめて息子がそう言った。

私は、息子に地球の異変が起こる可能性があると言った。

そういうことを知っている人がいても、恐怖が一番いけないから、ハッキリと言わないのだと言った。

息子は、黙って聞いていた。

何かあれば私のところにおいでと言うけれど、私のところも、食料を作っているわけではないし、野生動物をとらえるところでもない。

「田舎のところで、自給自足とまではいかなくても、そんなところに私がいれば、いいんじゃない?おばあちゃんのところへ行くーみたいな」と言った。

息子は返事をしなかった。

息子は世界を旅してまわりたい、一ヶ所にずっといたくない、仕事もそうだ。

そういう理想を持って生活をしている。

落ち着くのはまだ先の話だし、保守に意識を向けるより、やりたいことに積極的になっているその意識の方がいい。

きっと、その方がうまくいくと私は思っている。

息子が海外で生活したら私も行ってみようかな、と言うとうなずく。

自由がいい。

「子育てが始まれば、一ヶ所に20年は居るようだよ」と言うと黙っていた。

私の経験では、子育てが1番大変だと思う。

私の母親は子育てには7人の手がいると言っていた。

親や、おじさんおばさん、おじいちゃんおばあちゃん。ご近所さん。

親は圧が強いから、おじいちゃんおばあちゃんが側にいると安心するだろう。

いや、人によっては、ひいじいちゃんひいばあちゃんが元気でいる。

そして皆が自立していることが望ましいと思う。

今は、100歳でも現役でいられると期待されるだろう。

私の両親は東京育ちで、母方の祖父母も東京、父方の祖父母は埼玉にいた。

田舎の生活はリアルではない。

東京には縁があるかもしれない。

近い田舎ならいいかもしれない。

私は臆病なので、大事な人にきちんと話しをしていない。

連絡がないのは、私のせいだろう。

それとも、私が勝手に想っているだけなのだろうか。

私から連絡をした方がいいのだろうか。

それとも、他に理由があるのだろうか。

いつも読んでくれて感謝しています。